「いや…別に嫌いになったとかそういうことでは…」
「じゃあ、どうして…!」
懇願に弱い自分、いやわかってるんだよ、自分がこういう表情に弱いって。
「先輩こそ、どうしてそんなに俺に執着してるんですか…!仮にセフレだったとして、セフレに執着なんて笑えませんよ…」
俺がそう言うと黙り込んでしまった先輩に、言ってはいけないことを言った気がして罪悪感が湧いてくる。
 もう、俺がなにをしたって言うんだよ…久賀や先生に視線だけで助けを求めたが、視線を逸らされた。

 俺は涙目になりつつも、ふたりを睨んでいると、先輩がやっと口を開いた。
「……こんなタイミングで、言いたくなかったが

…お前が、好きなんだ…」

 またしても、沈黙。
 普通に心は大泣きしている。

 なんでそんなややこしいことになってんだよ、こっちの世界の俺…!つまり、セフレだった先輩は俺の事が好きで、俺は先生のことが好きで、先生は久賀と付き合ってて…ってどんな四角関係だよ…!昼ドラの王道展開じゃねえか!
 それに、確かに今の俺は『東雲子規』だし、こっちの世界の俺だってこの先輩のことは面倒見の良い先輩と悪くは思っていないようだし、これ俺が応えていい問題じゃないじゃん…
 一気に脳みそに血が回っていく。
 ぐるぐると考えが巡りに巡って、かといって答えが出るわけでもない。頭が痛くなってきた…

「シキ君、君は混乱しているようだし、今無理をして答えを出さなくてもいいんじゃないかな」
「先生」
いつの間にか俺の後ろにいた先生が、優しく微笑んで諭してくれる。でも、この先『東雲子規』が戻ってくる可能性があるかだってわからないのに、先輩への返事を無理に伸ばして待たせるのも残酷過ぎる。でも、言ってみれば、部外者の俺が返事をするのも、違う。

「先輩、俺は…『東雲子規』じゃないんです」
周りにいた三人から一気に視線が集まった。先輩と久賀は何を言っているのかわからない、という表情をしている。先生の表情を見ることはできなかった。
「俺も上手く説明できないし、何言ってんだよって思うかもしれない。でも、決して返事を引き延ばすために言ってるわけじゃなくて、先輩が好きな『東雲子規』が戻ってこれる確証も、戻ってこれない可能性も、俺にはわからないんです。
 でも、確かなことが一つあります。

 …俺は、俺の帰るべき場所に帰りたい。きっと、『東雲子規』自身もそう思ってるはずだ」
罵られるかもしれない、そう思うと少し怖くて、目をぎゅっと瞑った。
 すると、俺の頭に大きな掌が乗せられたことに気が付いて、目をそっと開ける。
「…予想外な答えすぎて俺もなんて言ったらいいかわからないけど、俺はお前を信じるよ」
視界に入ったのは、あのいつもバイト中に見せる、優しくて無口な先輩の顔だった。
「でも、俺は『東雲子規』じゃないのに、信じてくれるんですか…?」

「今のお前がお前であることには変わりないよ」
めっちゃ先輩、良い奴やん…
 出ていこうとする先輩の背中を見送る。「邪魔したな」と一言言って帰っていく先輩はもうストーカーなんてしないだろう。

 残された俺達は、しばらくそのまま突っ立っていた。ふたりが何を考えているかはわからない。でも、真っ直ぐに気持ちに対して、嘘を返すことはできなかった。
 しばらくして、先生が「昼飯にしようか」と言ってキッチンへと向かう。
 時刻は14時を過ぎていた。



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