途轍もなく、腹が減った。

本当にお腹減った。

ワイシャツ、洗濯しなきゃなあ…、めんどくせえなあ。…………洗濯……?ワイシャツ………………?

あ。

寮に入ってから気づいたが、この隊服、見られちゃまずくね?

と思ったが寮は人という人に会わずに済んだ。俺この調子じゃすぐバレそう、別にバレてもいいけど、色々面倒臭いからね。


部屋にカードキーを通し、部屋の扉を開けるといい匂いがする。

部屋に入ると、シノが料理をしていた。

「シキおかえり。作ったけど食べる?」

「あ、食べる」

俺は急いで自室に引っ込み、トレーナーに着替え自室を出るとシノは皿によそって、テーブルに置くところだった。

「ほら、座った座った。お腹減った?」

「めっちゃ減った。ありがとう。」

俺は床に座り、テーブルに置かれたご飯を見て、よりお腹が減った気がした。

回鍋肉とジャガイモの味噌汁とホカホカの白米に心が躍る。
シノが座ったところで、二人でいただきますをして、食べ始める。

「シノ、料理できるんだ。」

「んー?人並みにね。
寮生活だからさ、やっぱり節約しなきゃね。
他の皆は大体お金持ってる人多いから食堂の人多いけど、俺は特待生だしね。」

「へぇ、そうなんだ。あー、美味いわあー。」

「シキ、俺、昼は食堂だけど、朝夜作ってるからこれから作ろうか?」

「えっ、それすっごい嬉しいわ」

「じゃあそういうことで。」

「食費出すから、言ってくれ」

「りょーかい。あ、これ食べたら風呂入ってきなよ、お湯は張ってあるから。」


………俺のハートを鷲掴みなんですが、あなたは嫁かそれとも俺の母ちゃんですか?






風呂に入り、シノが座っているソファに俺も座る。

「……今日の練習試合、本当凄かったわ。なんて言うか、体格からして皆油断してたけど、流石ダガーの隊長だなって思ったし…。」


すっかり、練習試合のことを忘れていた俺はシノにそのことを切り出され、思い出す。

「…シキは、俺達と同い年なのになんであんなに強いんだ?あの、生徒会長をあんなに軽くいなすなんて、びっくりした。」

その真剣な口調に、俺はシノの横顔を見る。シノは目の前にあるテーブルの上のコップを見つめその表情はなんだか焦りを感じさせた。

「…別に謙遜するつもりは微塵もないけど、俺は強くないよ。この学園にいる奴らの方がよっぽど強い。」

「…それを、謙遜と言わないでなんて言うのかな」
棘のある言い方に、少しばかりシノが心配になる。

「シノは、俺に何て言って欲しいの?」



シノは一瞬表情を強張らせた後に、俺を見、やっと息を吐き困ったような顔をする。

「ごめん、シキ。練習試合を見てなんか焦っちゃっただけなんだ。」

「俺達は今日会ったばっかりだし、お前が望む言葉なんてあげらんないけどさ、シノの強さを俺は知らないし、シノは俺の弱さを知らない。
もうちょいじっくり考えてから、俺を値踏みしてくんね?」
そう言ったところで、シノがやっと笑う。

「ふっ…値踏みするつもりはないよ、友達だからね。」

何かを諦めら物言いに思わず、俺はシノの肩に手を置き、思いっきりツボを押した。

「痛い痛い痛いなになになに!!!」

「かっった!!!なんだ、お前の肩!硬すぎかよ!!!!!肩に力入りすぎなんだよ!!抜け!!力を!!」

「はっ、はあっ!?」

肩を揉むのをやめ、シノの目を見つめる。

「お前、俺に勝手に期待して、勝手に失望した、みたいな顔すんじゃねえよ。俺は他人様の気持ちなんてわからない。ましてや、会ってそこいらの友人の気持ちなんかな。でも、お前とはこれから仲良くなりたいって思ってるんだよ。だから、焦んなよ。時間はあるんだから」

「……」

「お前が、何に焦ってんのか、何に諦めてんのか、知らねーけど、その肩に入ってる力、抜いてみろよ。わかるぞ、世界の広さが。」

「……世界の広さ?」

「そ。なあ、知ってるか、この世界って広いんだよ、俺達がどう足掻こうと、全てを知り尽くすなんて無理なんだ」

「だから、さ。もう、ゆーーっくり、これから知っていけばいいんじゃねえ?勉強も、戦い方も、俺の事も、………お前の事も。」


そこで俺はソファから立ち、自室に向かう。

「じゃ、俺寝るわ。明日から学校行くから、起こしてくんね?」

「あ、あぁ。わかった。」

シノからの強い視線を感じるが、振り返らず扉の前に立つ。わかってるよ…!説教じみた事言ってゴメンって………!!!

「ありがとう」

その聞かせる気のない、小さな小さな声に俺は耳を傾けながら、扉を閉めた。

***

次の日の朝、案の定なかなか起きれずシノに叩き起こされた。

「…朝からこんなに疲れたの、なかなかないんだけど」

「貴重な経験できたじゃん、良かったね」

「よかねーよ!!!つーか、なんだその眼鏡!」

そう、俺は本日から眼鏡男子である。インテリ眼鏡である。おい、そこ、需要ない言うな。

「いやあ俺昨日生徒会長に顔見られてるんだよねえ、はは」

第三子団団長のこともよくわかんないしなあ。

「ハッ!?お前そういうことは早く言えよ…。協力できないじゃねえか、」

ここの制服はブレザーは黒、下はグレイでネクタイは臙脂色である。
眼鏡は細いフレームのもので髪も少し切った。

これで昨日より大分印象は違うだろう。


俺達は食堂に向かっていた。俺がなかなか起きれず、シノが朝食を作れなかったためである。


聞いてるとうんざりしそうなシノの説教を右から左へ流していると食堂に着いた。

中はカフェテラスのようになっており、発券式のようだ。なかなかメニューは豊富で値段もリーズナブルな価格で流石と言える。

適当に選び、席に座る。
料理は持ってきてくれるようだった。

すげえ。自警団の食堂ではセルフなのに。



「そういえば、昨日話途中だったんだけど、」

「話?」

「ウチはゲイが多いって話」

「あぁ、はいはい、それね」

「生徒会と風紀委員会があってそいつらには近づかない方が身の為だよ。」

「目ぇつけられるとやばいってこと?」

「そいつらがやばいわけでも…あるんだけど、それより、周りの方が面倒臭い。」

「…ほう、」

「顔や成績、家柄の良い生徒には親衛隊がつく。
わかりやすく言うと、ファンクラブのこと。
大体の親衛隊の目的は、親衛対象の身の安全と抜け駆けを無くす為、対象に近づく人間は制裁される。」

「つまり、イケメンに近づいたら最期。お仕置きされちゃうわけね。

それで俺はお前と居てもお仕置きされない訳?」

「俺の親衛隊は、ちゃんと統率がとれているから安心してね、俺の交友関係に口出ししないように言ってあるし、なによりそこまで周りが見えない連中じゃない。俺の所はね。」

あー、やっぱりコイツは使える。どこかに勧誘受ける前に副に言っておこう。

「そりゃ良かった。目立ちたくないしなあ」

すると突然、食堂が爆発した。

いや、本当にしたのではなく比喩ね、比喩。

だが、まさに爆発したかのような悲鳴達。

どっからその声だしてんの…、てか、ここ男子校よね?って感じのほぼ悲鳴。

「きたぜ、シキ。生徒会のお出ましだ。」

シノは食堂の入り口の方に顔を向け、俺に言う。
そこには、昨日の生徒会長と後ろにチラホラ何人か。

そのまま、食堂の二階の方に上がっていく。二階の様子は一階から見えるように設計されているようだ。

生徒会を見ていると、生徒会長がこちらを見るーー俺は咄嗟に目線を逸らした。

目ぇバッチリあっちゃったわ。しかし、もう一度目線を上げると、生徒会長は気にすることなく生徒会の奴らと話していた。良かった。


「ま、とりあえず、接触することはほとんどないと思うし大丈夫だと思うけどね。顔だけでも覚えておけば?」

「そうする。」

俺は、なんとなくこの学園の性格を理解こそはすれど馴染めるかとてつもなく不安になった。

***
食堂の喧騒から逃げるように、飯をかきこみシノと二人で校舎の方に向かう。

「…シキって大食漢なんだな。」

「そうらしいね」

この世界に来てから、エネルギーの排出が吸収に追いつかなくなったのか、かなり食べるようになったと思う。

「昨日の晩は普通だったと思うけど」

「俺は朝だけ食べるようにしてるんだよね、食費かさむし。」

「いやそれでもすげえよ、きつねうどんとカツ丼とサラダと味噌汁と追加で納豆ご飯って……」

そう、俺は納豆とうどんが大好きなのだが、納豆がメニューになかったため食堂の人に聞いてみると、気前良く出してくれた。

「シノも作るの大変だったら、食堂で食べるから、気にしないで。」

「いや、それはいいんだけどさ、ところでシキは何クラスなんだ?」

「……俺、知らないわ。」

「まじか。職員室に行けばわかるかな…。とりあえず行ってみる?」

「ごめん、ありがとう……。」

「気にすんなって、同じクラスだといいな!」



***

俺達は職員室の前まで来ていた。

「失礼しまーす、一年Sクラスのエレクアントです。ターク先生いらっしゃいますか?


少しして、黒髪の先生がでてくる。

「おー?どしたー、シノ。」

「今日転入のシキを連れてきました。クラスを理事長から聞いていないみたいで、先生に確認しに。」

そしてそのまま二人の視線は俺に向く。

「お前が噂の転入生か、俺は一年Sクラス担任、ケイ・ターク。教科は歴史と戦術だ。お前はSクラスだそうだ。よろしく。」

と、握手を求められたので、手を差し出す。

「…シキ・シノノメです。ひとつお聞きしたいことがあるのですが、」

そのまま先生は俺に言葉を促す。

「その、噂の、とはどういうことでしょうか?」

「ああ、お前転入試験全教科ほぼ満点だったんだよ、歴史だけ欠点があったけど、大したもんだよ。歴史はしごいてやるから覚悟しとけ?」

と、先生は爽やかな笑みを向ける。しかし、俺は必死に記憶を辿る。筆記試験なんか受けたか…?筆記試験??ん?

……まさか、一ヶ月前に隊長の学力テストとか言って俺だけ受けさせられたやつか…?
……………絶対あれだ。やけに不自然だな、と思ったんだよ、、
てか、それじゃあ一ヶ月前からこの話進んでたってことじゃねえか!!!!

あの狸じじい共め!!

内心ゲリラ豪雨の中、俺は営業スマイルをする。スマイルといっても微笑み、くらいだが。
第一印象を自ら悪くするのは避けなくてはならない。

「僕は元々この国から大分遠いところから移り住んできたので、少し歴史は苦手なんです。」

「そうだったのか、ま、他の教科は満点だかんな、一つくらい苦手なことがあった方がかわいらしいよなあ。
じゃあそろそろ時間だし、クラスの方に行こうか。」

先生の言葉に頷き、先生とシノに付いて俺は廊下を歩く。

***



一年Sクラスは頭の良い連中が多いらしく、なかなか気さくな奴らが多かった。

シノ曰く、「このクラスには過激派な親衛隊に所属してる人がいないから」と言っていた。
つまり、穏健派は居るってことか。



第三子団団長のお目付役、ということはまず対象を把握することから始めなければならないが、いかんせんクラスさえも知らない。
俺と同い年という事は、同じ学年だろう。


どうやら、この学校成績優秀者が集まるSクラスのみ授業免除、といったシステムがあるらしい。

どうなってんだ、この学校。
受けたい授業を受ける、というのがSクラスのスタイルだそうだ。
歴史だけはでようかな。

早速、自己紹介を兼ねたHRの後、俺は気配を消しクラスを出る。
授業中の校舎を歩き回り、校舎の地図を頭に叩き込むことにした。

校舎は、一般棟と呼ばれる場所が三つある。これは学年ごとに棟が分かれているためである。
プラス特別棟があり、そこに生徒会室、風紀室や図書室、保健室などが設置されている。

この学園のシステム、特に誰が親衛隊持ちなのかとか、親衛隊によって特色も違うようだし、そこら辺も知らなくてはならない部分だろう。

俺の平穏のために!

中庭にでると、そこはあまり人目のつかなきところだった。その真ん中にはベンチ。座りたいなあ、と思ったところで、回り込んで見ると、

そこには人。

横になっていて眠っているようだ。ブロンドの髪が風に吹かれ靡いている。秀麗な顔立で瞼は閉じられ瞳の色はまではわからない。

今朝のシノの言葉を思い出し、嫌な予感がしてその場を立ち去るために踵を返す。

そう、イケメンには近づくな、と。

しかし、立ち去ろうとした瞬間に、右手首を掴まれ、ベンチに押し倒される。

目前に蒼い瞳。


「お前、どっかで見たことある?」

その高圧的な言い方に既視感を覚える、コイツ、まさか。

「、い、え。知らないです。」

「何、お前、俺のこと知らないの。」

なんだコイツ、自意識過剰か。

なんとなく苛立ちが募り、黙っていると、突然俺の上にいるコイツがクツクツと笑い始めてる。

コイツ色気のある笑い方するな。

「そんな、なんだコイツ、みたいな顔すんなよ。この学園で俺のこと知らない奴、本当に少ないんだって。」

「……そんな顔してないです。知らなくてすみませんね、転入してきたばかりなので。」

「お前が噂の転入生か、………ああそういうこと。」


は?コイツ文法おかしいんだけど。なんなの。まじで。

「あの、いいかげんはなし、」
「お前、第七師団の奴か。」


「………………。」
「…………………………。」


「……ちがいますけど。」


うわぁぁあっぶねええええ口からなんかでてくるとこだったわ!!

俺が否定するとソイツは片眉を上げて面白そうに笑う。

「ほお?俺が惚れた奴を見間違えるとでも思ってんのか?間違えねえ、お前は第七師団三番隊隊長の、シキだろ?」

待って待ってちょっとキャパオーバー

「はっ!?はあっ!?」

そいつは更に俺との距離を縮める。俺は避けようにも押し倒されているので後ろはベンチ。無理である。

「つまりは、親父から言われて転入してきたって感じか?俺の見張り役ってところか」

「……そうですよ、あんたのために来たんです。第三師団団長サマ?」

「結構あっさり認めるなあ?」

「そりゃあんたは俺の顔知ってるみたいですし、あんたとあんたのご兄弟、顔が似てるんですよ。嘘は言わんでしょう?」

「ふうん?」

と、更にずいずい近寄る。

「ちょ、ちかいです!とにかく!あんたのための任務ですから、人目があるときに接触してこないでくださいね!」

「じゃあ、俺とお前の秘密ってことか?」

「もう、さっきからなんなんですか!」

「昨日はあんなにあっさり生徒会長やっちまったっていうのに、今日は簡単にマウント取られちまったなあ?」

「俺は、力じゃ勝てないんです!」

「しかも、キスされてたよな?あぁん?」

「!あんなの、犬に噛まれたようなもんです、あんたには関係ないでしょう」

「おい、名前で呼べよ。あと敬語もなし。同学年だ。」

「……セツカさん」

さらに俺を抑える力が強まる。

「んああああ、セツカ!」

すると、俺を抑える力が消えたと共に、眉間に柔らかい感触。

セツカはとっくに校舎に入ろうとしていた。振り返り言う。

「シキ、ここは俺以外来ない。また来いよ。」

と言って去っていった。


「だあれが二度と来るかああ!!」


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