自室に戻り、いざ寝ようと布団に入る。オジサンには夜更かしはきついよ……と玉得はぼやきながら電気を消した。布団のぬくさが足元にまでいきわたるのは少しばかり時間がかかる。布団を抱き込むようにして横向きに寝返りをうった瞬間に、腰あたりに不自然な重みを感じる。
 玉得はさほど驚きもせず、そのまま寝続けようとする。それでもなくならない重みに、我慢しきれず言葉を発した。
「なに……俺眠いんだけど」
彼の文句に返事をするように『みゃあ』と鳴いた。その返事に本日何度目かの深い深い溜息を吐いた玉得は上半身を起こす。教師という職に就いてから、溜息が癖になってきているな、と考えながら深夜の訪問者を見下ろした。
『みゃあ』
須藤のところの猫…いや、正しくは猫ではない。”それ”がこちらにつぶらな瞳を向けて、またひとつ鳴いた。
「……お前はここにいるべきじゃないのをわかってるだろう。須藤の元を去れ」
玉得が低い声でそう言った。

『…はあ、人間はどいつもこいつも冷たいやつばかりだなァ』
かわいさからかけ離れた低い男性の声が、”それ”から聞こえてくる。
「……喋れるなら最初から話せ」
『しょうがないだろう。怪我を治すのに魔力を酷使していたんだ。人間と波長を合わせて話しかけるのには疲れてしまう。そもそも人間ごときに命令される覚えはないね』
生意気な口を聞く”それ”に玉得は殴りそうになる右手を堪える。
「お前のせいで俺の睡眠時間が削られてんだよ」
『そんなことは知ったことではない。それは君の事情だろう』
「それを言うなら、須藤を巻き込んだのはお前の事情だろう」
傍から見れば、成人男性が小動物を睨みつけているという滑稽な光景が広がっているが、ここには一人と一匹しかいない。お構いなしだった。剥き出しの敵意が部屋に満ちる。
「あれから何年経ってると思ってるんだ。今じゃお前らの存在は人間にとってイレギュラーでしかない。お前が近くにいたせいで、須藤が霊媒体質になってしまった」
『その子どもは僕が守っていただろう』
胸を張って言う小動物を玉得は投げ飛ばした。が、問題なく地面に着地をした”それ”は今度は机の上で毛繕いを始める。
「そのせいで周囲が被害を被るんだ。しかもお前その見た目で相当な力を持っているみたいだな? ……そのせいで余計なモンばっか呼び寄せてんだよ」
『ほう……人間というのは貧弱だなあ。しかし僕は今主が欲しいんだよ』

 いつの間にかそこにはかなり身長の高く見目の良い男が立っている。耳と尻尾を携えていて、切れ長の面にそれはなんとも似合わない。
『以前ならこの姿になるも元の姿になるも制限なくできていたんだけどね。今はこのように』
気が付けば男はおらず、その代わりに小動物が床に転がっている。起き上がった”それ”はまた布団の上にひょりと乗ると、上目づかいで玉得を見る。
『力が戻るまで”悔しいことに”人間の力を借りたいんだよ』
”それ”は「悔しいことに」を強調してそう言った。
「なら須藤はやめろ。アレはただの人間だ」
『せっかく『名』を知り、『名』を受けたというのに』
わざとらしく残念そうに言ったその一言に、玉得はやはりな、と思う。『名』とは本来はこのように”彼ら”には教えてはならないものなのだ。良いように使われ、精を酷使されてしまう。

「……玉得 前。お前の名前は『もも』。これでいいだろう」
須藤がこれにつけた『名』だった。
 玉得がそう言うと、『もも』は興味深そうに目を細めた。
『それはとてもいい。実にいい。君には最初に会った時からずっと興味があってね。君はいったい何者なんだい? 君の色は不思議だね? 最初から気付いていたのかい?』
興奮した様子のももを睨みつける。一方的にまくしたてられるのは嫌いだった。
「ストップ。契約を交わすならば、互いに詮索はなしだ。お前だってどうせ回復まで人間の力を借りたいというのは口実で、他にも理由があるだろう」
『ククク…僕にそんな口を聞けるのは君くらいだよ。…前(マエ)ね、いい名だ。そうしよう。僕らは利害が一致した関係。人間で言うところの…『びじねすぱーとなー』といったところかな』
「五月蠅い奴だな、お前は。結ぶなら早く結べ。俺の気が変わるうちにな」
 暗闇に、ふたつの口が笑う。

『僕のことは『もも』と呼んでくれよ。…マエ』


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