学園の南側に位置する学生寮は、この学園に通う全校生徒が暮らしている場所だ。寮部屋は二人部屋となっており、同室者は三年間変わることはない。
 須藤は結城に断りを入れ、放課後の生徒会活動を辞退して寮の自室へと戻ってきた。同室者は同じ生徒会役員のためすぐに戻ってくることはないと思うが、部屋に帰ってきた同室者にどう説明するか須藤は考えあぐねていた。
 ただいまー、と誰もいない部屋に向かって言う。寮の部屋は玄関から入ってすぐが共有スペースとなっており、それぞれの寝室が隣接しているような状態となっている。さすがエリート校といえるのは、全部屋に台所、風呂場がついており、二人で暮らすには十分だ。
 須藤は自分の寝室に向かった。須藤が先程拾ってきた猫はダンボールの中に適当に布類を詰めたものの中に入れた。『みゃあ、みゃあ』と鳴き声がしてダンボールの中を覗き込むと、元気そうな猫がいて須藤は安堵の笑みを向ける。
「おー、すっかり元気だなあ」
『みゃあ』
抱き上げると、両手いっぱいに温さが広がる。猫のような犬のような、なんともいえない動物だけど鳴き声は子猫のそれだし、きっと猫だろう。
「お前、名前あんのか?」
『みゃあ?』
「じゃあ俺がつけてやろうな」
『みゃあ!』
意思疎通できている気がして、須藤はますます嬉しくなる。そんなことないのはわかっているが、それでもこの愛くるしい子猫がなついてくれているようで表情が緩んでしまう。この学園ではペット同伴禁止というこもすっかり忘れた生徒会会計様の誕生である。

「成ー、お前生徒会サボってんじゃ…って、なんで制服でベッドの上にいるんだよ…」
須藤はいきなり現れた同室者に、ベッドから飛び起きる。
同室者である小野田 夜(オノダ ヨル)は、生徒会副会長である。そして剣道部副主将でもある真面目を絵に描いたような男だった。須藤と同学年でもある小野田は、この二年とちょっとの時間を同室として過ごしている友人関係にあると言えるだろう。
『みゃあ』
しかし、友人と言えども小野田はルール違反には容赦がない。須藤は、一番見つかってはいけない人物に、腕の中でかわいらしく鳴く友人を愛でる姿を発見されてしまったのだった。
「成」
「ハイ」
小野田の目がとたんに据わったのがわかった。須藤は目にも止まらぬ速さでベッドの上に正座をする。もちろん、猫を抱えたままで。
「この学園の規則を生徒会会計であるお前が、知らないわけないよなあ?」
「…ハイ……」
「それで? その膝の上にいるものはなんだ?」
「えっと……これは…かくかくしかじかで…」
「ほう…?」
普段は温厚で優しい男である小野田は、規則のことになるととても厳しく、須藤の怒らせたくないリスト上位にいる。これはしっかりと説明しなければ小野田の雷が落ちることは必須。須藤は昼の出来事を簡単に説明した。
「はあ…お前が見た目によらず、馬鹿でお人よしってことは知ってるけどさ…」
小野田の言葉の矢印がグサッグサッと須藤に刺さる。
「まあ今回は目を瞑ろう」
そう言った小野田に須藤は顔を輝かせる。
「ところでそれは猫か…? 猫というよりも子犬にも見えるが…」
『みゃあ』
興味津々に近づいてきた小野田は、須藤の膝の上で丸まっている猫を覗き込んだ。

「そうなんだよな…一応鳴き声が子猫みたいだし、まあ…猫かなって」
「どんな曖昧な判断基準で生きてるんだよ…」
小野田が猫をより近くで見ようと、さらに顔を近づけた瞬間、今まで目を閉じていた猫がぱちりと目を開く。真っ黒な瞳はどこまでも終わりのない闇のようだった。思わず身体を後ろに引いた小野田の身体は、謎の細かい震えと冷や汗をかいていた。
(なんだ…? 今の…?)
小野田は、その違和感の答えを探ろうとするも、答えなんてでるわけがない。
「どした…?」
様子がおかしい小野田に、須藤は思わず声を掛ける。
「あ、いや…なんでもない…」

 今度は、膝の上から飛び出した猫が、先ほどまでのかわいらしい鳴き声ではなく、威嚇の声を上げ始める。それも須藤に向けてでも、小野田に向けてでもなく、扉の方に向けて威嚇してみせる猫に、須藤と小野田は顔を見合わせた。


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