その日も俊平はいつものように山蛇から『迎えに行く』とこちらの予定を一切気にしないようなメールが入った。確かに今日はバイトがない日なのだけれど、このメールアドレスも、俺の放課後の予定もどうやって調べたのか聞きたいものだ。…いや、聞きたくない。

 高校から出て、少し入った路地へと入っていくとよく目立つ高級車が見え、思わず「げっ」という声が出た。せめて、玄か園崎さんが迎えに来てくれれば車という密室を避けることができたのに。昨日の園長のせいでなんとなく気まずいのだ。
 御園家のことだって、俺の処女は失われたけれど俺のお願いを聞いてくれたし。しかもその交換条件として渡した証拠はもうすでに園崎さんが持っていた。山蛇と俺の取引は無効のはずだったのにも関わらず、佐助を助けてくれた。
 そして、山蛇が俺に構う最大の理由が無くなってしまった。俺はかなり動揺をしている。山蛇がヤクザで、施設を潰さないかわりに俺を玩具にして遊んでいたと思っていたのに。ヤクザでもない上に、俺と初めて会った日は潰すどころか、維持費を持ちかけていた…?元々全くわからなかった山蛇の思考回路がもっとわからなくなってしまった。

 車の手前で立ち止まっていると、山蛇が運転席から顔を出して「俊平君? 早く乗んな」と笑っている。クソ、顔が良い。すべてにイライラしてきた。
 助手席に乗り込むと、端正な顔が「お疲れ様」とキラキラした目で言ってくる。

 「あ、は、ありがとうございます…」
「なんだそれ」と笑う山蛇に、また腹が立つ。俺はこんなにもアンタのことで悩んでいるというのに、アンタはいつも通り楽しそうに笑いやがって…!
 
 「…山蛇さんに聞いてもいいですか?」
車を発進させた山蛇の横顔に問う。やはりその顔は端正で、綺麗だった。
「俺に構ってくれる本当の理由ってなんですか」

 山蛇と園長が旧知の仲であるということ、施設を潰すつもりなんてないというのに、何故俺のようなガキに構うのか。俺に対してそういう態度を見せたのは、あの時の一度だけだが、きっとこの男は他人にも自分にも厳しく、子供の相手をするような無駄な時間を過ごす人間にはどうしても見えないのだ。
 それに、この人のように美形で優秀で金も持っているような男ならば、選り取り見取りだろう。やはりどの路線から考えても、自分を相手する理由が見当たらない。

 「君が言ったんだろう。なんでもするから、施設に手をださないでくれって。俺と君は取引関係にあるわけだ。しっかり条件は果たしてもらわないとね。…それとも、もう嫌になった?」
 赤信号になり、一瞬こちらに見せた表情はなにを考えているかなんてわからない。嫌になった、なんて…
「アンタと俺の間にそもそも取引なんて存在しない。アンタは元々やすらぎ園を潰すつもりなんてなかったんですよね?」
そう言うと、山蛇ははっきりと舌打ちをした。
「なに? 幹になんか言われた? アイツも元情報屋のくせに、口が軽いんだな」
また俺は山蛇の逆鱗に触れてしまったのだろうか。皮肉を言い、嘲笑を浮かべた山蛇に俺は焦る。
「園長は関係ないです…! そうじゃなくて、この前だって俺はアンタに取引を持ちかけた。でも、その必要な証拠は園崎さんを使ってアンタは持っていたのに、佐助を助けてくれた。どうして、そこまでしてくれるのか知りたくて…!」
車が停車した。山蛇の二つの目がこちらを向く。
「君に構う理由は、同情だよ。君のような孤児が俺は可哀想で可哀想で堪らないんだよ。君の大事な家族を助けたのも、ついでに決まっているだろう。俺はもともと御園に仕事で用があった。勘違いをするな、君は俺の特別でもなんでもない。女みたいなことを言うな!」

 早口で言葉を連ねていく。最後の方は強い強い口調だった。
「……なら、最初から女を抱いてれば良かっただろ!」
「…なんだって?」
「両親のいない可哀想でめんどくさいガキなんかじゃなくて、アンタに従順で、大人で、セックスでもアンタを満足させられるような女を抱けば良かっただろ!」

 絶対避けられたはずなのに、俺が突き出した拳を山蛇は頬で受け止めた。殴った右手が、酷く痛む。
「…もう、来なくていい。君の家族には勿論手は出さないし、君の連絡先も、すべて消そう。悪かった」
「…ッ、なん、だよ。それ…なんだよ!」
どうして自分がこんなにも失望しているのか、わからない。なにを望んでいたというのか。ただただ悔しくて、怒りで溢れてしょうがなかった。声が震えて、泣きそうだ。

「…もう、行きなさい。君のような人間は俺の隣にいてはいけない」

 大人はずるい、自分勝手だ、と罵りたいのに、俺は静かに助手席から降り、遠くなっていく車を見送った。見えなくなっても、ずっとそこにいた。自分が彼に願ったことはなんなのか、ずっと考えていた。


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