二十三時。この時間はとても静かだ。子供たちが寝静まり、夜の住人が目を覚ます時間だ。…なんて思っていた若い自分もいたものだ。あの頃の自分を思い出して、途端に恥ずかしさがこみ上げてきた。
 若さというのは本当に眩しいもので、子供たちが日々元気に過ごしていることに幸せを感じている。児童養護施設に来る子供たちは皆心のどこかに影を背負い、それを見せまいと気丈に振舞う子が多い。自分がつらい時でさえ、家族を気遣う。僕にはない眩しさに尊さを感じた。

「俊平君、おかえり」
この施設で最年長の彼の帰りはいつも遅い。真面目で素直な彼は、施設の子供たちにも好かれている。彼を迎えて今年で十三年目。僕と彼は長い付き合いとも言えるだろう。

 昨日、俊平君は佐助を連れて帰ったきた。これは僕の予想通りでもあったし、予想外のことでもあった。御園製薬会社、御園圭吾の黒い噂はよく聞いていたが、ここで繋がるとは思っていなかった。もう既に引退した情報屋としてのルートを使いそこで手に入れた情報であの男に取引を持ちかけた。あの男がそれに応じるか、それはほぼ賭けに等しかったが俊平君が佐助を連れ帰ったということ自体が、賭けに勝った証拠になる。
 彼の自己犠牲の精神が功を成したのか、それともあの男が彼に絆されたのか。

「園長、ただいま」
未だ学生服を着た彼は、幼く見える。彼がふと見せる表情の翳りは、何を背負っているかなんてわからない。普段よりもしっかりとした声音で「ただいま」と言った彼に、話さなければならないと覚悟を決める。
「…園長に聞きたいことがあるんだ」




 約十年前、その界隈では有名な二人組の情報屋がいた。名前はなく、ただ二人組の情報屋と言えば「ああ、アノ、ね」と皆が悟るのだ。
「幹(ミキ)、頼んだものはどうなった」
幹と呼ばれた男はその鋭い視線で、声の主を睨め付ける。この男、のちにやすらぎ園の園長として多くの子供たちを育てる人物である。
「山蛇、納期には早いだろう。まだ一週間もある」
「お前らのところなら、とっくに終わっているだろう。そうもったいぶるな」
山蛇は、まだ成人すらしていないはずだがとにかく優秀で、自分の目的のためならば手段を選ばない男だった。人間の才能を見出すことも、引き出すことも、とにかく仕事ができる男で、必要なことには金を惜しまないため、幹たちにとってはかなりの太客だ。
 年下のくせに、口の聞き方がなっていないな、と文句を言ったところで鼻で笑われるだけなので、言わないけれど。

 胸元からUSBを取り出し、山蛇に無言で渡す。
「いつも助かる」
「山蛇、あまり無茶はするな。この世界はそんなにお前に優しくはない」
途端に、その場の空気が凍る。まるで「余計なお世話だ」とでも言いたいたいようだ。

 鋭くなった視線が、ふと幹の背後にいく。

「あれ、山蛇。来てたの?」
「桔梗(ききょう)さん」

 幹の後ろから顔を出したのは、桔梗と呼ばれた綺麗な男だった。店の奥から取ってきた酒を何本か抱えてカウンターの向こう側から顔を出している。
「お前またそっちに行って…店長に怒られんぞ」
幹が注意をすると、桔梗は頬を膨らませて「別にいいじゃん」と怒り始める。 
「桔梗さん、俺にも酒作ってくださいよ」

 このクソガキ、桔梗には「さん」付けするくせに、僕にはしないのかと山蛇の端正な顔を睨むも、効果はないようだ。
「いやよ。アンタ、未成年でしょ。おうちに帰って、ママのミルクでも飲んでなさい」
「そうだよ、お前はもう帰れ」
桔梗に便乗して、山蛇を追い払うと「お邪魔虫は退散しますよ」と言って素直に帰っていく。カクテルを作り始めた桔梗をカウンター越しに見ていると、ふと桔梗と目が合った。

「ふふ、幹も飲む?」
桔梗の作る酒は、実に美味い。そりゃ、この店の店主に直々に教わっているのだ。こうして二人組の情報屋の夜は更けていく。酒が回った頃に仕事が始まり、朝を迎えるとともに眠りにつく。

 それが、やすらぎ園園長、幹の十年前だった。


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