母の目は、まるで穴が開いているかのようだった。そこには何も映さない穴。怖い、怖い暗闇の中。息が上手く吸えなくて、「ハッハッ」といった音が耳に届くだけ。苦しい、苦しくて怖くて、右腕の火傷痕から毒が回ったような感覚。
 匂いも、視界も、肌の感覚も鈍いはずなのに、そこだけ焼けるように痛い。

「あれ、このガキじゃね〜〜? やーっぱ俺っち天才じゃーん! 園崎さーん! こっちこっちー!」

 いつからいたのかはわからない。金髪の、チャラそうな大人の男が立っていた。人が苦しそうにしているのは目に見えているはずなのに、ニッコニコの男。
「ちょっと! あなた誰ですか!? 警察呼びますよ!?」
母の高い声が耳にくる。うるさいからやめてほしい。
「あー…すんませんね、ちょーっと寝ててもらえますー?」

 どういうマジックかは知らないが、男は母に近寄り気絶させた。男は俺の顔を覗き込んで、その大きな瞳で俺を見つめた。
「んー? 苦しい? 過呼吸みたいになっちゃってんのかなー? しょうがねーな…」
「ん、ンンンッ!!!」
男の顔が近づいて、俺の口の中に舌が入ってきた。他人の舌なんて汚いから嫌なのに、苦しいはずなのに、バクバクとうるさかった心臓が収まってくる。

「ちょっと、玄! あなた子供になにをしてるんですか!?」
また知らない声がする。でも、重い瞼を開ける気にはならなくて、他人の温かさをただひたすらに感じる。
「んー? 応急措置。袋とか俺っち持ってないし」
「あなたって人は本当に…」

 子供の自分にでも、変な人だってわかる。それでも、御園や実の母親よりもこの人は優しい匂いがして、そのまま眠ってしまいたくなる。瞼が重くて重くて上げられない。

「あれれ、おねむか? あ、あ、寝るな…! 自分で歩けよー! もうー!」

 ……やっぱり変な人かもしれない。




 「御園圭吾、御園製薬株式会社代表取締役社長。どうもはじめまして」
男が二人、対峙する。片方は名を呼ばれた不遜な男。片方はどう見ても20代前半にしか見えない顔の良い男だった。

「どこから入ったのかは知らんが、私になんの用だ、若造が。私はそんなに暇じゃないんだよ」
顔の良い男は、その持ち前の美しさをたっぷりに微笑んだ。ただその蛇のような目だけは、細めるだけで笑ってなどいない。
「安心してください、貴方にはこれから地獄に行ってもらうのですから。時間を気にする必要もありませんよ」
「なッ……」

 部屋にあったはずの二つの息は、一つになった。残酷なことに、御園家は広い広い敷地の中にあり、ピストルの音も一般人には聞こえない。
 人を殺したというのに変わらない笑みを浮かべる男は、その場にはもういない。


 翌日、ニュースでは「御園製薬会社社長、御園圭吾が自殺した」と報道された。


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