「…佐助」
御園と祐介がやすらぎ園から去った。自室で静かに本を読む佐助に声を掛ける。日頃から元気な二人は少し無理に大人びていて、いつも何かを諦めていた。
「しゅん兄…!」
不安そうな瞳が揺れる。佐助は俺の元まで駆け寄り、俺に抱き着いた。

 俺はその様子を見て、今度こそ「彼」の名を呼ぶ。

「佐助……いや、祐介」
バサッ
 本が床に落ちる。俺はそれを拾い上げ、驚愕を浮かべる佐助、いや祐介に本を渡す。読んでいた本は文豪の短編集だった。
「いつから、きづいてたの」
震える声が、俺に訴える。「お前も敵か」と。
 確かに二人は見分けがつかない時がある。二人は周囲の人間がわかりやすいように工夫をしてくれていた。祐介はいつも明るい色の洋服を着て、佐助はいつも落ち着いた色の洋服を着る。そんなことをしなくても二人はいつも表情が豊かで、二人には二人なりに個性があるのだ。しかし、目の前にいる祐介は、佐助そのものだ。普段の元気いっぱいの雰囲気は消え、いつも一歩後ろを歩いて周囲をよく見渡す冷静な瞳。

「……佐助は、俺が苦手なんだよ」
「え?」
「お前らが入れ替わったのは、ダイナミクス検査の前だろう? 本当にDom性なのは…佐助だ。佐助は自分のダイナミクスを検査しなくてもわかっていたはずだ。だからこそ、今回の検査前にお前と入れ替わった。自分がお前の身代わりになるために」
「佐助はそんなこと考えてない! だって俺と佐助は…いつも一緒だから…俺っ、そんなこと考えたことない…!」

 どんなに背伸びをしても二人は子供だった。二人は自分たちが姿も、仕草も、そして考え方も全て一緒だと願っていた。だからこそ、祐介が今怯えているのは、大人に対してというよりは…佐助が自分とは違う人間だと自覚すること。

「……佐助は、同じDom性の俺の傍にいるのはつらいんだ。Dom性をもつ人間は、自分よりも強いDom性と対面すると精神的に攻撃される。だから、佐助はお前が一緒にいないときは俺に近づいてすらこなかったよ」
「…そう、だったんだ…」

 しゃがんで、祐介と同じ視線になる。佐助の洋服を着ていても、今はもう表情は祐介そのもので、俺には二人が全く同じ人間にはどうしても見えなかった。

「しゅん兄…じゃあ、俺は佐助ともう一緒にいれない…? 俺、おれがDomじゃなくても、佐助になることができれば…ずっと一緒にいれると思っていたのに…」
「祐介、よく聞け。お前と佐助は同じ人間じゃない。俺にはお前らが同じ人間には見えない」

 絶望を浮かべた祐介を抱きしめる。
 俺は言わなくてはならない。このままでは二人は壊れてしまう。

 園長から聞いたのは二人の母親の話だ。二人の母親は兄である祐介だけに暴力を振るったという。 そして祐介を母親から庇うために、佐助は二人にしかできない「ごっご遊び」をすることにした。二人が入れ替わることで、佐助は母親から受ける暴力が自分に来ると思ったのだろう。案の定、母親は佐助に暴力を振るい…それも、タバコの火をその細腕に押し当てた。痛みで失神した佐助は、救急車に運ばれ虐待が発覚しこの施設に引き取られたのだという。その時、二人は小学校二年生だった。

 きっと二人はお互いに入れ替わることで、はじめて逃げ場所が出来たのだ。だから今もこうして、お互いが入れ替わることによって、逃げ場所を作った。

 佐助は祐介のことがなによりも大切だ。だからこそ、祐介の身を安全な場所へ。祐介に向かう世の中の不条理をすべてその身に受けようとしているのだろう。それが、佐助にとっての救いだったのかもしれない。

「兄ちゃんがよ、佐助連れ戻してくるから。ちょっと待っててな」

 祐介は涙いっぱいに溜めた目元を拭うと、小さな声で「うん」と言った。俺には二人がどうあるべきかなんて正解はわからないけれど、二人が笑っていられるならそれでいいと思った。


戻る / 次へ
top

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -