バー「シラク」。モダン調の店内には静かに酒を楽しむ大人たちが、集う。ここが俺のバイト先だ。未成年の俺を一年前から雇ってくれる気の良い店主と、仕事に慣れだした俺の二人で店を切り盛りしている。今までは、店主の与一(ヨイチ)さんひとりで店を回していたらしく、「別にアンタがいなくても、大丈夫なのよ」というのが与一さんの口癖だ。それでも、決して低くない時給で俺を雇ってくれるのだから、与一さんはツンデレなのかもしれない。

 今日のシフトは22時まで。シラクの営業時間は18時から深夜3時まで。本当は俺だって閉店ギリギリまでいたいのに、「未成年はもう寝る時間よ」と言って22時には帰される。
 常連さんと楽しそうに話す与一さんは、20代と言われても差し支えないほど若く見える。容姿は男性の恰好をしているのに、口調は女性のそれだ。
「あら、もうこんな時間よ。俊平、アンタは上がんなさい」

 さっきまで客と話していたのに、時間に正確な与一さんは奥でグラスを磨いていた俺に声をかけてくれた。その分遅刻には厳しいけれど。
 クリーム色の髪の毛の艶が照明に輝いている。
「なあに? そんなに見つめちゃって。アタシ、そんなに魅力的かしら」
そう言って笑った与一さんに、「もちろんです」と返すと、「アンタもからかい甲斐がなくなってきたわね」と、カウンターへと戻っていった。


 最後のグラスを拭き終わり、カウンターへと顔を出す。
「与一さん、じゃ俺上がりますんでってあれ、森田さん」
与一さんが先程まで話していた常連さんは帰ったのか、与一さんと話していたのはこれまた常連さんの森田さんだった。森田さんは、まだ20代だというのにくたびれたスーツを着て、いつも疲れた顔をしている。…社会人は大変だ。

「久しぶり、俊平くん」
常連さんの中でも、俺と森田さんは仲が良い。気の良い兄みたいな人だ。
 ついこの間酔っぱらった森田さんから「俺、実は与一さんのことが好きなんだ」と聞かされて、それ以来なんとなく彼の恋路を応援したくて仕方がないのだ。
 そういえば森田さんは26歳だって言っていたけど、与一さんはいくつなのだろうか。年齢の話になると、「アタシは永遠の18歳よ」と言って、ウイスキーをグビグビ飲み干すのだから、話にならない。

「アンタまだいたの?早く帰んなさい。もう大人の時間よ」
「はいはいわかりましたよ、じゃあ与一さん、飲みすぎないでくださいね」
「俊平くん、与一さんの子供みたいだね」
そう言って笑う森田さんの肩を「やーね、あんなデカい息子産んだ覚えはないわ」と言いながら、叩いている与一さん。結構痛そうだったが、森田さんは満更でもなさそうだ。

「じゃ、お先っす」
ほにゃほにゃと笑って手を振る森田さんと、シッシッと手を払う与一さんに一礼をして店を出る。

 バイト先から俺が家と呼ぶ場所はそれほど遠くない。電車で一駅といったところなので、夜風に吹かれながら歩いて帰る。



「お願い…!命令してよ!」

 帰り道、近道だからと言って人気の少ない場所を通るなという小さい頃の教えを今更痛感することになるとは思わなかった。


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