act.02

あの男に蹂躙され、帰ってきた頃にはとっくに太陽は昇っていた。寮へと戻ってくる。寮監がたまたま席を外していたのか、寝ていたのかは定かではないがお咎めも無く帰ってくることができた。幸い成績も上々だったので、そう言った生徒には一人部屋が与えられる。

しかし、この身体中の痛みはどうしようもない。鈴木、アイツは殺す。

一件LINEが入っていることに気付く。そこには、俺の数少ない友達の中の一人からで、『なんか鈴木が帰ってこないんだけど』から始まり、
『アイツ、お前に彼女取られたとかなんとか言ってたんだけどさ』
『多分、お前とばっちり食らってるだけじゃね?とか思ってたんだけど』
『なんか関係あったりする?』

…バッチリ関係あるだろう…

携帯は放置してシャワーを浴びるべく服を雑に脱いでいく。
鏡の前に立つと、あちこちにエグい程のキスマークと噛み跡が咲いていた。…なんじゃこりゃ

呆然と鏡の自分を見つめていると、尻穴からどろり、となにかが垂れてくる感覚が俺を襲う。

「…嘘だろ…」

はああああ…と溜息を吐いてシャワーからお湯を出す。そっと自身の後孔に指で触る。少し切れてしまったのか、ピリッ、というような痛みがある。まあ、あんだけヤれば、切れるのは当たり前か…となんだか納得してしまった。力を抜いて中指を入れていく。簡単に流れ出してきた粘り気のある液体に思わず眉を顰めた。
いつの間にか、浴室の冷たい壁に身体を預けていた。ふぅ、ふぅ、とどんどん息が荒くなっている。力を抜いて中指をなんとかして中に入れていった。

はやく、終わらせたい。でも、ちゃんと掻き出さなきゃ

二度とこんな思いはしたくない、シャワーの音が浴室に響いた。


その思ったのに、何故この男がここにいるんだ。
「…なんで、」
黒塗りの高級車で学園の門の前に乗りつけている。放課後になり普段より一段と騒がしい様子を不審に思い、校庭に出て様子を見に行ったところ男に捕まったのだ。
やあ、俊平君奇遇だね、なんて言って爽やかに笑うこの男。とても、ヤのつく職業を営んでいるようには見えない。まあ、それもこの黒塗りの訳アリな車が異質なのだが。

それよりも、彼の容姿で学校の生徒を釘付けにしているのがよくわかる。女の子たちはきゃあきゃあ言って帰路へと向かっていく。
ちなみに言うと、この学園は全寮制ではなく、入寮は希望者だけである。

奇遇だね、なんてこの門でで出待ちをしている時点でおかしいというのにこの男は何を言っているのだろうか。あくまで、偶然会っただけ、とでも言いたいのか。

「行こう、俊平君」

どこに、なんて聞く暇も無く誘拐されるような速さで俺は助手席に詰め込まれる。隣に座る男の顔は美しく、まさに西洋人形だ。この男は何がしたいのだろう、こんな華奢でも女らしくもない男を組み敷いて、あげく学校に迎えに来るなんて何を考えているんだ…?

「…あの、」
「どうしたんだい」

一度こちらをちらり、と見てその先の言葉を促した。

「その、鈴木が、やっちまったことを、俺が尻拭うってやっぱり納得いかないんですけど、なんかしら俺に対価があっても良くないですか」

自分で言っていて腹が立ってきた。そもそも、アイツの尻拭いをなんで俺がしているんだ?冷静に考えても、俺がこの車から逃げられることはないし、もう既に昨晩俺は失うものを失っている。
それなら、せめて俺に見返りがあっても良くないか。
この場において、俺とこの男は、対等だ。

「ッ、ク、ハハッ…」

俺が眉を顰めて真剣に考えて取引を持ちかけているというのに、笑い始めたこの男を睨みつける。なんだよ、なにが面白いんだ。

「ククッ…いや、ごめん、ッ、気を悪くしないでくれ…
…僕がどういう人間か知らないわけじゃないだろう?」
「…ヤのつく…アレ…?」

増々笑いが止まらなくなったのか、男は車を寄せて一時停車する。肩を震わせて笑い続ける男に若干の苛立ちを覚えながらも笑いが収まるまで待った。
「いやあ、ごめんごめん。面白くてね…はー、久しぶりに笑ったよ。ヤクザに取引を持ちかけてくる男子高校生なんて初めて見てさ…」

俺の心臓を掴み、いつでも息の根を止められる男は本当におかしそうに笑った。…そこまで笑われると、張りつめていた何かが切れるというか、なんというか肩に重くのしかかった何かがずるり、と落ちていった。しかし、油断は禁物。相手は裏社会に生きる人間だ。俺が今まで生きてきた舞台とは想像も付かない世界で生活をしている人間なのだ。いつ殺されるかだってわかりやしない。

「これでどうだい?君はDomだろう。しかも、相手がいない、もしくはあまり自身のDom性を良く思っていない。その両方か。
…しかし、その抑圧された性はいつかは爆発する。君も知っているだろう?自分の欲求を抑え続けたDomがどうなったか」

二、三年前に自分の「誰かを服従させたい」というDomの本能を嫌い、抑圧し続けたDomが街中でGlareを暴発させ、ちょっとした騒ぎになり、ニュースにも取り上げられた。なぜそこまで大事になったかというと、今まで蓄積された強いGlareが一気に放出されたことにより、強制的に周りのSubがSubスペースに陥り、あてられたDomによる二次的被害、つまり強姦事件が起きるというものだった。

「君の相手に俺がなってあげる、これでどうかな」

綺麗な顔を花のように綻ばせ笑う彼から視線が外せない。

「で、でも貴方は…Domじゃないんですか」

その問いに彼は更に笑みを深め、距離を縮めてくる。キスをしてしまいそうな、近さだ。あ、めちゃくちゃまつげ長い。

バクバクと鳴りやまない心臓は、相手に筒抜けなのではというくらいうるさい。顔を全力疾走キメたんか、というくらいに熱く、息も上がっている。この男を自身の従属にしたらどれだけ、…どれだけ?俺は何を考えているんだ。
…もしかして、

「…もしかして、」

蚊が鳴くような声で発したその答え合わせは、かわいらしいリップ音に呑み込まれる。

そう、僕は、Subだ。

「この情報は、外部には一切漏れていないし、身内でも知っている人物は数少ない。トップシークレットだ。
これを聞いた時点で、君は…」

逃げられないんだよ


俺は自らその蜘蛛の糸に絡まれに行ったのだと気付いた。


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