はくれんごはん | ナノ





『はくれんごはん』


illustration by ゆっけ猫さん


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『はくれんごはん』

士郎とアツヤ、雪村がごはんを食べるだけのお話。

*パラレル短編集
*年齢操作有り

文庫判/全年齢向け
36頁/400円


---Sample

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▼おやさいとミルク
吹雪士郎(24)と吹雪アツヤ(こども)

 淡々と時間を食い潰すような何となく褪せた大人の毎日。ある日そこに射し入ったひかりかがやく人影に、僕はたしかに戸惑ったのだけれど。ふたりきりの兄弟を大きく引き裂いた時間のなかで、ずる賢い逃げるための笑顔と容易くは乱されない物腰を僕だけが獲得していた。それが置いてきぼりにされた僕という現実と紛らわし切れない孤独という事実に釘を刺す。いつのまにかひとりだけが大人になっていた。
 そして大人に成り果てた僕は、子供のアツヤに巡り合った。
 ただし再会だとは思えなかった。
 あの頃はお互いに子供だったからふたりの感覚は歩み寄って、いっそ併せてひとつであるかのように共鳴していた。僕とアツヤの自我に境界線を引き損ねて、そもそもふたりはひとつだった。遠退いた片割れをすでに僕とは違う別人だと認めてしまって、子供の隣で大人は少しだけ淋しくなった。それでも本当の温度を持つ掌に繋ぎ止められた僕の表情は笑顔を選べた。それは一番良かったと思う。裏腹に思考が焼き切れてしまっていたとしても。アツヤが当時のままに目聡くて、明らかに上手になった僕のことさえ見抜いていたとしても。


*

 アツヤに嫌われた人参、それから地産地消と包装紙に印字された新じゃが。しばらく冷蔵庫に鎮座していた玉葱も合流する。今日はかぼちゃも取り入れてみようと思った。その分たくさん肉が食べたいという要望に応えたくて少し多めに豚肉を買ってきていた。それらをすべて、アツヤの口があからさまに嫌がらないように小さめに切っていく。調理しやすいという理由もある。けれど思えば母さんも野菜は小さく切っていたことを思い出してみたりする。それから牛乳と小麦粉を溶き、鍋にバターを溶かした。切った材料を転がし入れて炒めて、水とスープを流し込んで柔らかくなるまで煮込む。その頃になるとアツヤは喉が渇いて起きてきた。よく目覚めたばかりのぽかぽかしたからだで冷え切った牛乳を飲もうと思うなと最早感心していると、アツヤもアツヤで鍋の中身に関心していた。
「うわ、本当に肉たっぷりじゃん」
「その分野菜も入れたけどね」
「あんまりわかんねーな、兄ちゃん随分細かく切ったな」
「これだと食べ応え足りないかな」
「野菜は食べ応えなくてもいいんだよ」


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▼焦
吹雪士郎(14)と雪村豹牙(14)

 吹雪センパイの姿をしばらく見ていない。
 雪村は彼に強い憧れを抱いていた。同時にそんな彼から直々にサッカーを指導してもらえること、それについて同じくらい強く歓喜している。光栄と言う畏まった単語が出てこない程度に親しく、しかし時に厳しく特訓をしてもらってきた。彼に出会うまでは部活動のなかでも浮いてしまい、こちらからもあまり積極的に関わっていこうと近付かなかったために孤立していた練習もいまはもうすっかり昔のことのように思えた。
 大きなキッカケをくれた吹雪センパイとは三日前から連絡がつかない。前にも一度こういうことがあって――そのときセンパイは大きな事件のなかで皆のために動いていた――しかしかといって心配しないなんて無理だ。何人か教諭を掴まえて問うても口を揃えてわからないと言うし、実際にわからない様子だ。嘘を吐く理由もない。三日目となると学校という腰の重い機関も少し慌ててきたようではあるが、肝心のセンパイは気配ひとつ見せなかった。
 だから雪村はこうしてひとりで捜しに来た。自分は特に親しいという自信に近い自覚をしているからそれも許されるように思ってしまったのだ。ここに来たのは、以前からセンパイが北ヶ峰という言葉を話すときにわずかに表情が変わることを知っていたから。些細な心当たりだが自分以外の他者が知らないかもしれない手掛かりに雪村は少し優越感を覚えるなどしていた。

*

 十四歳のセンパイは自分の皿にサッカーボール餅をくれる。吹雪士郎という人間と摂る食事は思えばこれがはじめてかもしれない。
「雪村は、二十四歳になった僕を捜しているんだよね」
「そうですけど、見つからない」
「不思議だなあ。あのときの僕はとても、こんな自分を慕ってくれる後輩が出来るなんて想像できなかった」
 吹雪センパイはあまり昔のことを口にしなかったけれど、いま隣で餅を頬張っているのは彼の過去そのものだとしたら。その彼にとっての最近のはなしは、センパイの十年前かそれより古い記憶だ。雪村はこの一週間、過去の色が時折兆す度にからだを強張らせている。単なる興味と尊敬の生い立ちを感じ取ろうと全身が騒ぐのだ。
「センパイは立派ですよ」
「ありがとう。傲慢だけど今の僕は少し良くなったと思っているんだ」
 雪村はそれでも自分から彼の過去へ軽々しく手を伸ばしてはいけない予感がしてしまう。遠慮というより禁忌のように感ぜられた。


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▼ごえんゴハン
吹雪アツヤ(24)と雪村豹牙(14)

「カレーライス大盛りひとつ、あと」
「……エビフライ添えハンバーグひとつ」
「ああ、ドリンクバーどうする」
「べつに、いいです」
「ってよ、俺もいらない」
 注文を取り終え厨房へ去る店員を横目にしながら、しかしお子様くさいチョイスだなと後輩の首元を見る。子供は洋食が好きだと相場が決まっているのだ。ピザにナポリタン、それからケーキだとか。皿の上でビビッドに広がる光景は幼心を掴んで離さない。日本食にも色合いの美しさはあるだろうが、庶民の食卓に並ぶ一汁三菜はどうも鮮やかというよりは穏やかなように思える。
「あんまり、人の事言えないと思います」
「わかってないな、カレーライスは日本製だ」
 当然雪村は何の事かまったくわかっていない様子で不服そうではあるが、俺に倣ってダウンを黙って脱ぐだけだ。開店直後のファミリーレストランにひとはまばらだ。これがあと二時間ほどすれば昼時になって混雑するのだろうけど。俺たちは家族でなければ友達でもなかった。お互いの存在自体は兄貴を軽く中継して知ってはいたが、今日が初対面だ。起こり得なかったはずの、巡り合わせ。

*

 タルタルソースをたっぷり塗ったエビフライを口に運び始めると雪村は何も話さなくなった。俺もあたたかいスプーンを手にして一口また一口食べ進めていく。甘くもないが辛くもない、無難だが物足りない味を量で誤魔化していく。母さんが作ってくれたカレーはもう少し辛くて、野菜はもっと身を小さくして大人しかったはずだ。しかし胃袋だけは膨大な時間のなか待ち望んでいたのかもしれない、カレーを食べて久し振りだ、と感じたのだ。
 雪村のハンバーグはメニューに掲載されていた写真より形は不器用だが厚く見えた。ナイフを差し入れると肉汁が溢れて黒い鉄板に広がっていくので、同じものを頼んでも良かったと後悔にも満たない消えた可能性を一瞥する。視線に気が付いたらしい雪村は少し思案したあと、半分空いた俺の皿に一切れのハンバーグを寄越した。
「サンキュ」


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20121111


by 205mg

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