海が好きだ。

平日、学校と部活動が終わったら私は毎日海まで走った。
泳ぎたいわけではなくてただただ波の音を静かに聴きながら海を眺める。
それだけで私には十分だと思っていた。今までは。



高校生になっても私は毎日放課後海に通った。ただ、その頃から海に行くとそこには先約がいた。


彼は砂浜と同じ様に透き通る亜麻色の髪の男の子。
多分同じ年位だろう。

彼の着ている制服を見てわかった事、どうやら彼は綾薙学園と言う音楽芸能分野の名門校に通っているらしい。

そこで彼は決まって歌の練習をしている。
何の曲かは私にはさっぱりわからないけれど、彼の歌声は海のようだと思った。

優しく、おおらかでありながらも少し儚い。
彼が歌うと波の音ですら潮風すらハーモニーの様に聴こえる。

毎日彼を見ているとは言ったけれど、実は私たちは顔を合わせた事がない。

いつも私が彼の後ろ姿を見つめているだけ。
私は砂浜に一人佇む彼の歌声を後ろの防波堤の側で座って聴いているだけ。

もし、顔を合わせてしまうと彼はもうここへは来なくなりそうだと、何故だかそう思えてしまって、私はいつも彼の歌が終わるまでに帰ってしまう。



しかしながら、彼の事が気にならないと言えば嘘になる。
彼はどんな顔をしていて、どんな名前で、どういう人間なのか。家はこの近くなのか。

知らず知らずのうちに考える事は彼の事ばかり。
私は顔も知らない彼に恋をしているんだ。



…でも正直、彼が私の存在に気付いているかどうかも怪しい。
彼は歌っている時振り返らない。後ろで聴いているだけの私の存在なんて知りもしないのだろうか。

そう考えると胸の奥がぎゅっと痛くなって何となく今日は海へは行かなかった。




日課をサボってしまうとそれはそれでどこかもどかしく、母もいつもより早い私の帰宅に驚いていた。
自室に入りガラッと窓を開けてふとあの海の方向を見る。彼は今日も砂浜で歌っているのだろうか。

流石に重症かもしれない。制服のまま布団に潜り込み枕を抱き締める。
シワを作ると母に怒られてしまうけれど、どうでもいい。

布団の中で思った事は海へ行かなかったことへの後悔と、彼に会いたい気持ち。

自分で海へ行かない事を選んだくせにこんな事を考えるなんて本当にどうかしている。




今日こそは海へ行こう。
私がただ悩んでいるだけで私が海に行こうが行かなかろうが彼には全く関係の無い事なのだから。

そう思って訪れた次の日の海に彼の姿はなかった。
いつもなら、今までならこの時間には彼は必ずここにいて、歌を歌っているはずなのに。

私は防波堤の近く、いつものように腰掛けた。
目を閉じて波の音に耳を傾ける。最初はこの音が聴ければそれで良かった筈なのに、今は彼の歌声がなければ物足りない。彼に会いたい。

波の音を聴きながら私はそのまま眠りにおちていった。


……




ふと気が付くと歌が聴こえた。あの歌だ。
私はそのまま眠ってしまい、しかもコンクリートの上に寝転がっていたようだ。
私が寝ている間に彼が来たのだろうか、夢ではないだろうか。
彼のいつもの後ろ姿を確認しようと上半身を起こそうとすると、私の身体を覆っていた何かがずり落ちる。

白を基調とした綺麗なブレザーだ。
これ、このブレザーは、もしかして。
目の前の彼はいつもの服とは違い灰色のパーカーを着ていた。

嫌、違う。彼はいつもブレザーの下にパーカーを着ていたはずだから、つまりその。このブレザーは彼の。


そのまま彼を見つめるとその時初めて、彼は歌う事を途中でやめ、私に振り向いた。

彼の澄んだエメラルドグリーンの瞳が私の視線を掴んで離さない。
毎日海に来て歌っていたとは思えない程透き通る白い肌はどこか儚げで。
彼を見た第一印象は彼の歌を聴いた時と全くもって同じだった。



「…やっと起きた。」
「…あの。」


うまく言葉を発する事が出来なかった。
不思議と緊張はしなかった。でも何て答えればいいのか、私には分からなかった。
初めて話した筈なのにずっと一緒にいた気がして。


「…俺、ここが好きなんだ。」
「…私も。」


彼の口から好き、と聴こえただけで変に胸が高鳴る。自分へ当てた言葉ではないと分かっていながら。


「最初は場所は何処でもよかった。ここは人通りも少ないし、でも今はもう学校でも歌う場所があるからここで毎日歌う必要はなかったんだ。」


少し切なく微笑む彼から視線を逸らし、手に持っている彼のブレザーを見つめる。胸の部分には綺麗なエンブレムがはいっている。


「でも、毎日ここで歌ってる。」

「…なんで。」

「俺の歌を聴いてくれる人がいるから。」



「初めてここへ来た日、歌い始めて暫らくすると君が来た。最初は1人きりで歌いたかったからどこかへ行って欲しかった。でも、次の日も、その次の日も君は毎日来た。目を閉じて楽しそうに俺の歌を聴いてくれている君の姿を見て俺もなんだか楽しくなった。」


真剣に話す彼の話を私は相槌を打ちながら聞いた。


「けど昨日、君は来なかった。…途端に詰まらなくなって歌うのを止めてすぐに帰った。」

私はまた俯く。彼は私の存在を知っていて、聴き手として捉えてくれていたんだ。


「また今日ここへ来ると君が来ていた。君の方が早いのは初めてだよね。」

「…うん。」

「俺はいつも海を見つめて歌うだけだったけれど…後ろで静かに聴いてくれている君がいる事はいつも知っていたよ。今日は君がいて安心した。昨日は君がいなくて不安だったし、どこか物足りなかった。…君に会いたいとも思った。」


その後に彼が何を言おうとしているのか分かってしまった。
ゆっくり立ち上がると彼との目線が更に近くなる。
それからはどちらともなく近付いて優しく抱き締められる。


「好きだよ。」

「私も好きです。」







私の日課は海へ行くこと。
海へつくと先に君が…琉唯君が歌い始めている。

私は防波堤の近くのコンクリートではなく、砂浜へ踏み出して、そっと君の横へと並んだ……








end



戻る
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -