グリフィン

深夜。
風の音だけが空を支配していた帝都アースィマに、巨大な何かの羽音が響く。
風を斬るほど力強いそれは、アースィマ上空をぐるぐると旋回していた。
その巨大生物に乗る人影が、街を見下ろしニヤリの笑う。

「この辺りでいい」

そう言うと、巨大生物は翼を操り、乗っていた人物を目的地に下ろす。
地に足を着けると地響きが起きる為、巨大生物は数メートル浮いたままだ。

「サンキュ。終わったらまた呼ぶ。隠れてなァ」

翼の持ち主にそう告げたのは、金髪の男だった。前髪の右側だけを黒く染め、左サイドは三つ編みにして耳に掛けている。
黒い毛皮のあしらわれたコートをだらしなく羽織り、首や手首にはじゃらじゃらと装飾品が光る。
闇にも溶け込まない赤い眼は、獲物を前に興奮する猛獣のようだ。
石で造られた、とある貴族の屋敷の屋上に下りたその男は、身軽に屋根を渡り、侵入口を探す。
普段使われていないのであろう部屋の窓を器用に外し、堂々と室内に入り込んだ男は、人に見つからないように忍び足をすることなくズカズカと足を進めた。
部屋中、廊下中が美しく高価な調度品や宝で溢れている。
男は目についたものを持っていた袋にどんどん詰め込んでいく。
その遠慮ない物音に気付いたのであろう家主が、ランタンを片手に廊下から顔を出した。

「だっ、誰だ?!」

裕福な生活っぷりが目に見えてわかるふくよかな体形の男は叫び、警備を呼ぶ。すぐに駆け付けた警備が男に飛び掛かるが、男の唱えた魔法により家主共々廊下の突き当たりまで吹き飛ばされてしまう。
突風のようなその魔法は、男の得意分野であった。

「悪ィな。こいつら貰ってくぜぇ」

ニヤリと余裕気に笑った男は、入ってきた窓から飛び降り、逃走した。
貴族達の騒ぎ声が徐々に遠くなり、メインストリートに差し掛かった時。
走っていた男はぴたりと足を止めた。
視線の先に、同じく猛獣を思わせる赤い瞳があったからだ。

「あっれ、ゼフにゃんじゃん。夜のお散歩かぁー?」

男がふざけた調子で呼び掛けると、ゼフィランサスは咥えていた煙草を摘み、フゥ、と煙を吐く。
冷たい風に流れて消えたと同時に、煙草を手放し足で踏み消す。

「夜中にわざわざ出向いてやったんだ…感謝して牢に入れいろは」

いろは、と呼ばれた男は舌なめずりをする。ゼフィランサスは刀に手を掛け、ゆっくりと引き抜く。青白い刀身が月に照らされさらに青く輝く。

「貴様の盗みをこれ以上見逃すつもりはないぞ」

「えー別にいーじゃん。こんだけ盗んだってあいつら困らねぇだろ」

いろはがターゲットにするのは、貴族や金持ちだけだ。
一般市民には何ら手出しはしない。
だが義賊なのかといえば、それは違う。奪った分は奪った分だけ、いろはは持ち帰るのだ。
正真正銘、犯罪者である。

「困る困らないの問題ではない。その腹立たしい笑い、二度と浮かべられんようにしてくれる」

ゼフィランサスが砂を蹴り、いろはに横斬りを入れる。
いろははそれを飛び上がって軽やかにかわし、ゼフィランサスの反対側に着地した。

「俺様今日は重てぇから武器置いて来てんの。だから見逃して」

ウインクしたいろはにゼフィランサスは再度斬り掛かろうとしたが、いろはの発した指笛と、それを合図に現れた巨大な魔物に目を見開き足を止める。

「俺様の"お袋"は街中でも暴れるぜぇ?明日の朝メインストリート大惨事の記事が新聞に載るのは避けてぇだろ?」

「額に傷のあるグリフィン…イスハークか…!」

ゼフィランサスが睨んだ先、いろはに寄り添うように佇むのは、グリフィンと呼ばれる魔物である。
顔と上半身が鷲、下半身はライオンの姿をしているグリフィンは、名をイスハークと言い、グリフィンの中でも名の知れた個体だった。
人の言葉を理解するイスハークは眼を細めゼフィランサスを睨む。
怯むことなく睨み返していたゼフィランサスだが、イスハークに斬り掛かろうとはしない。市中のど真ん中でグリフィンに暴れられると街がどうなるか、簡単に想像出来るからである。

いろはとイスハークのコンビは、騎士団を始め国民もよく知っていた。特にこのアースィマの者達は。
グリフィンであるイスハークに拾われ、育てられた人間…それがいろはである。
全く異なる種族だが、間違いなく二人は親子なのだ。
このアースィマ近辺に縄張りを持ち、この街の貴族を狙う盗賊である。

「ハーク、撤退だァ」

背に跨がったいろはがそう告げると、片翼5メートルもある美しい翼を広げ、イスハークは空に舞い上がる。
砂埃を腕で庇いいろはを睨むゼフィランサスに向けて、いろはは口角を上げた。

「またなゼフにゃん!今度は二人で遊ぼうぜぇ!」

言い終わりと同時にグッと高く舞い上がったイスハークは、そのまま旋回し砂漠へと飛び去って行く。

「チッ」

姿が見えなくなるまで睨み続け、ゼフィランサスは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、再び煙草に火を点けるのだった。

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