緑青



ざあざあという音が静かな執務室に満ちている。
それを聞きながらブルーは窓越しに鈍色の空を睨んでぶすくれていた。
今日から六月、梅雨に入るか入らないかという微妙な時期である。
昨日は晴れていたが、日付が変わる頃から降り出した雨は今も尚止んでいない。

「何をむくれている」
「折角の誕生日が雨で喜ぶ女の子なんて居ないわよ」

書類から目を離さずに声をかけてきたグリーンに、ブルーは振り返って不機嫌なトーンのまま答えた。

今日は彼女の生まれた日である。
今頃レッドやイエローは勿論、ジョウトの後輩達も彼女の誕生日を祝うパーティーの準備に勤しんでいるだろう。
準備出来るまで立ち入り禁止、とそのパーティー会場であるジムの別室から追い出された本日の主役は、唯一準備に参加していないグリーンのところに来ている。
彼が多忙であることは皆理解しているので文句は出なかった。
しかし他のメンバーに全て任せることに多少の心苦しさがあったのか、場所提供にすんなり承諾してくれたらしい。

不機嫌です、と顔に書いてあるブルーを見て、グリーンは主役がそんな顔しててどうする、と呆れたように声をかけた。
それがどことなく子供に言い聞かせるような声色にも聞こえて、ブルーは益々顔を顰めた。

「じゃあ機嫌が良くなるセリフの一つでも言ってよ」

投げやりなブルーの言葉にグリーンは口を噤む。口元に手を当てるという考え事をする時の癖が出ている辺り、会話を打ち切ったというわけではないようだ。
大人しくその口から言葉が出るのを待っていると、徐にグリーンが窓の外に視線をやった。

「紫陽花が、咲いているな」
「…アジサイ?」

確かに、先程外を眺めていた時に雨に打たれる紫陽花の群れがあったのはブルーも見ている。しかし何故今紫陽花の話。
グリーンは視線を窓の外から外さずに言葉を続けた。

「紫陽花は、六月一日の誕生花だ」
「え、そうなの?」

同じ日にちでも誕生花は幾つかあり、他のは知っていたがそれは知らなかった。
へー、と横目で再び窓の外を見やりながら感心しているブルーをよそに淡々とした口調が解説を続ける。

「花言葉は高慢、自信家」
「…アンタ私の機嫌とる気ある?」

あまりよろしくない花言葉の羅列に上昇しかけた気分が下りに一転する。話を聞く前より不機嫌になったブルーにグリーンは顔色一つ変えずに
最後まで聞け、とだけ呟いた。

「あとは辛抱強い愛情、なんてのもある」
「…最初からそれだけ言えばいいのに」

悪い事象からも目を背けない、何処までも真っ直ぐな男だ、とブルーは苦笑する。そこも又、自分が彼に惹かれた理由の一つなのであるが。
ぎしり、と椅子の軋む音がした。グリーンはこつこつと靴音を鳴らして窓際まで寄ってくると、ブルーの隣に並ぶ。
並んだことで身長差をはっきりと感じた。会った時は同じくらいだったのになぁ、とブルーが懐古していると、隣から声が降ってくる。

「お前には最後のが一番合うと思う」
「辛抱強い愛情?」
「碌に構ってもやれてないのに、離れていかずにいてくれている」
「それは、」

アンタのこと好きだし、と言いそうになって止めた。この真面目な空気の中言うのは何だか気恥ずかしい。
しかし何を言おうとしたのかは伝わってしまったようでふっと微笑まれた。滅多に見せないその表情にどきりとする。

「生まれてきてくれてありがとう」
「ど、どういたしまし、て?」

混乱した頭で正しくないであろう返しをしてしまい、嬉しさなのか恥ずかしさなのか判らないが真っ赤になった顔を見せたくなくて俯く。
隣でグリーンがどういたしましては変だろ、とくつくつと笑いを堪えているのが聞こえた。

いつの間にか雨足は弱まって、別室で騒ぐ他の仲間達の声が遠くで響いている。
パーティーまではあと少し。





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