緑青



※ちょっと重い。




すまない、と控え目な謝罪が聞こえた。
グリーンがぶつかって倒した本の山を片付けながら気にしないで、と返す。
元々の原因は、あたしにあるのだから。


グリーンの目が見えなくなった。


あの日あたしはグリーンを慕う女の子達に囲まれて、ねちねちと文句を言われていた。
負け犬の遠吠えよ、と聞き流していたのだが、相手の手にあるものを見た時は流石に顔色を変える。
理科準備室に並んでいるような瓶の中で揺れる透明な液体。ラベルには塩酸の文字。
マズい、と思ったと同時にその中身があたしに向かってぶちまけられるのを見た。
全部を防げるとは思わなかったが咄嗟に腕で顔を庇う。
しかし液体の濡れた感覚はいつまで経っても来ない。
恐る恐る目を開くと、そこには彼の背中があった。

「グリーン…!」
「…気が済んだか」

グリーンが低い声でそう呟くと纏わりついていた女共は一瞬戸惑った後に慌てて逃げて行った。
そいつらを追いかけたい衝動はあったものの、今はそれどころではない。
がくりと膝をついた彼に駆け寄ると薬品の刺激臭がした。

「グリーン!」
「大丈夫か、ブルー」
「それよりあんたの方が…!」

顔を覆っている腕を無理矢理外させて愕然とする。
薬品を躱せなかったのか、額から瞼にかけて焼け爛れた皮膚。
ところどころ焼け焦げた制服。
そして、濁り始めている緑色。

「い、や…嫌ぁぁあああああ!」



ブルー、と声を掛けられてはっと我に返る。
グリーンの方を向くと半分白い布に覆われた顔も此方を向いていた。
光を失ってから、彼の双眸は包帯で塞がれている。
消しきれなかったケロイドを隠す役割も担っている白が酷く眩しい。

「…ねぇ」
「何だ」
「目、見せて」

あたしの申し出にグリーンが躊躇うのが判った。
彼はあの日の傷跡を人に見せたがらない。当然と言えば当然なのだが。
それでも包帯を解き始めたところをみると、その傷跡に触れることを許してくれたらしい。
ぱさりと軽い音を立てて包帯が床に落ちる。その下から現れた瞼は未だ閉じられたまま。
あたしはグリーンに近寄ると、両手で頬を包んで目線が合うようにした。
小さく名前を呼ぶと、閉ざされていたそれがゆっくりと開く。
薬のお陰で多少緩和されたとはいえ、あの美しい緑色は永遠に戻らないものになった。
濁った灰色の混ざった瞳があたしを映すことも二度とない。
それが、あたしに与えられた罰。

「ブルー」
「…なぁに」
「もう泣くな」

気付けばあたしの両眼からは雫が零れ落ちていた。
彼の目を見る度に涙を流さずにはいられない。
自分の為にこの目は光を失ったのだから。

そっと大きな掌で目元を拭われる。
床に落ちていた視線を上げると、グリーンのそれと絡まった。
本当は未だ見えているんじゃないかという希望は、瞬かない瞼に奪われる。

「目、瞑れ」

言われた通りに瞼を閉じると、溜まっていた涙が玉になって転がり落ちた。
雫が床で弾けた時、瞼に柔らかい感触。
それが彼の唇だということは、直ぐに判った。
あたしが泣いた時、グリーンはいつもそうしてくれていたから。

「あり、がと、グリーン、ありが、と」
「礼を言うのはこっちだ」
「…?」
「こんなになってからも、傍に居てくれて有難う。ブルー」

その言葉に、新しい雫が流れ落ちるのを止めることはどうしても出来なかった。
部屋に響くのはしゃくり上げるようなあたしの嗚咽だけ。
グリーンは、もう何も言わなかった。





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