サブマストウトウ
リノリウムの床を磨き上げてからトウコは一息吐いた。
時計を見上げるとそろそろ夜の八時を回ろうとしている。
時計から視線を外に移すと、昼過ぎから降り出した雨が激しさを増していた。
この天気では客の来店はあまり見込めないだろう。
少し早いが閉めようか、と考えていたところで入口のドアに着いているベルが鳴った。
入って来たのは黒のトレンチコートを着た知り合い。
「ノボリさん!」
「すみません、遅くに」
もう終わりでしたか、と尋ねるノボリにトウコは笑顔で椅子を勧める。
受付の用紙にサインをしてからノボリはそちらに移動した。
彼の脱いだコートを受け取ってハンガーにかけるとトウコも椅子に座る。
「で、今日はどうしましょう!」
「そうですね…」
ノボリが考え始めた時、彼の腰辺りからカタカタと小さな音がした。
そうでしたね、と取り出したのは一つのボール。
軽く中に投げると、中からは現れたのは黄色の毛玉。
「デンチュラ?クダリさんの?」
「ええ」
そういえばいつもは二人で来るのに、今日は黒い彼だけである。
「今日クダリさんは?」
「クダリは本日夜勤でして」
それでも自分も行くと駄々をこねて大変でした、と溜息を吐くノボリに、その図が安易に想像出来たトウコも苦笑した。
ノボリは店の中を見回してトウコに問う。
「そちらも、トウヤ様はいらっしゃらないので?」
「トウヤ?居ますよ奥に」
トウヤー!とトウコが大声で片割れの名前を呼ぶ。
するとカップラーメンを片手に名前の主が顔を出した。
「何トウコ、あ、ノボリさんこんばんわ」
「こんばんわトウヤ様」
休憩中だったのですね、と申し訳なさそうにいうノボリの横をすり抜けてデンチュラがトウヤに突進していく。
わぁ、と驚いてトウヤは慌てて腕を伸ばしてカップラーメンを死守していた。
「本当、クダリさんのデンチュラってばトウヤが好きだわね」
「何でだろうね。特別なことしてるわけじゃないのに」
二人してデンチュラを囲みながら首を傾げる様子が如何にも双子です、といった感じでノボリはひっそりと笑った。
日常
「で、ノボリさんの方は?シャンデラですか?それともオノノクス?」
「…私です」
「え、遂にそのもみあげ切ることにしたんですか」
「違いますっ!」