緑青
図書室、と木製のプレートが下がった部屋のドアを開ける。
静まり返ったこの空間はテスト前でもない限り人気は少ない。
カウンターの方からお前か、と不機嫌そうな声がした。
「毎日毎日、暇なのか」
「はいはい、そーね」
目つきの悪い図書委員の悪態を聞き流し、近くの雑誌置き場から適当に二、三冊掴んで空いた席に座る。
やれやれと再び手元の文庫本に視線を戻す彼を盗み見て内心で毒づいた。
(この鈍感男!)
いくら暇でも毎日図書館に来るほど本好きでないことは選ぶ本を見れば判ること。
溜息を吐いてから自分も雑誌を両々乱暴にめくっていると、近くでテノールが聞こえた。
「又雑誌か」
吃驚して顔を上げると直ぐ傍に彼が立っている。
「何よ、悪い?」
「偶には活字を読んだらどうだ」
そう言って差し出されたのは彼がいつも読んでいる文庫本。
きちんとカバーがかけられていて几帳面な性格が見て取れる。
「貸してやる」
「…あたしに?」
「他に誰が居る」
やり方はぶっきらぼうだが、それでも彼と同じものを共有出来ることを酷く嬉しいと思ってしまうあたり重症である。
「汚すなよ、大事な本だ」
「判ってるわよ!」
それを胸に抱きしめたあたしに彼はそっぽを向きながら言った。
その直前口元が緩んだように見えたのは気のせいだろうか。