ガチャン、と陶器の割れる音。又やった、と青は頭を抱える。今日はやたらと失敗する日だった。夕食の買い物に出たのに肝心の物を買い忘れる。料理を焦がす。食後の食器を洗っていて手を滑らせた、のがさっきの音の出所。あまりの失敗の多さに食卓で麦茶を啜っていた緑が声をかけた。
「どうした、今日何か変だぞ」
「…いや、別に何も」
「無いと言える状況か?」
「…言エマセン」
そうバッサリと切り捨てられてはどうしようもない。無言の圧力をかけてくる彼に負けて口を開いた。
「単位…落とすかも…」
基本的に成績優秀な青だが、英語だけは壊滅的だった。今迄は一夜漬けでぎりぎり赤点を凌いできたが今回の試験は範囲が広くどうにもなりそうにないのだ。
「どーしよー!」
本当あの担任講師私ばっか目の敵にして云々、と叫んだり泣いたり怒ったりと忙しい青を尻目に緑はこれ以上破壊されては堪らないと自分で湯呑を流しに運ぶ。そして溜息を吐きながら言った。
「今日はもう仕事しなくていい」
神様助けて、と祈ろうかとしたところにかけられたそんな言葉。訳が判らないといった表情で振り返ると緑が食卓を綺麗に拭き上げたところだった。
「勉強、教えてやる」
書き損じの原稿用紙の束に例文がブロック体と筆記体の二種類で踊っている。それらを用いながら行われる特別授業にただただ舌を巻くばかりである。
「凄い…学校の授業より全然判り易い」
「まぁ英国行ってたから、必要に迫られて」
「ふーん…ん?」
何だか非常に気になる言葉が聞こえた気がして発言者の方を見るが、彼は何事も無かった様に解説を書き込んでいる。筆記体のアールの書き方に少々癖がある様で上が少し尖っていた。問題を解きながらふと浮かんだ疑問を口にする。
「そういえば、貴方学校行かなかったの?」
「卒業してるが」
「どうやってよ?」
「飛び級」
渡英経験有り。飛び級にて卒業。頭痛がしてきた。目の前の人物は思った以上に頭脳明晰のようだ。神様は不公平だ。その知識を半分でも分けてくれていれば今こんなに窮地に立たされていないのに。そこまで考えてふと頭の隅に引っかかりを思えた。
(ん?留学に飛び級?)
何処かで聞いたような、と頭を捻って唸っていると聞いているのか、と怒号が飛んできた。
(似たような経験した人が居たような…?)(やる気が無いのなら止めるぞ)(嘘っやる、やりますっ!)
小春、学才。