扉を開け目に飛び込んできた光景に青は又か、と溜息を吐いた。いい加減廊下で寝落ちする癖をどうにかして貰いたい。幾度と同じ光景を目にした自分は最早慣れている(こんなことに慣れてしまった自分が恐ろしい!)が、他人が見たら驚くだろう。布団に運ばなければと近寄りふと考える。此処最近締切りの仕事は無いと言っていた筈だが。抱え起こしてみると何時も青白い頬は紅潮し苦しそうな呼吸をしていた。青の顔からさーっと血の気が引いていく。これは寝落ちじゃない。そして混乱した頭で叫んだ。

「な、七美さーん!」



「風邪ね」

叫びが聞こえたのか何なのか(恐らく唯の偶然)、あの後家にやって来た七美がてきぱきと診察しながらそう判断する。深刻な病で無かったことに安堵の息を吐くが、緑の体調が悪いのには変わりなかった。

「買い物に出なきゃ、今あるものだけじゃ足りないわ」
「あ、私が…」

さっと立ち上がりかけた青を七美が制する。

「青ちゃんはあの子の傍にいてあげて」
「でも…」

結局押し切られるようにして買い物の役目を奪われた青は大人しく緑に布団の横に戻る。普通家族が傍に居て家政婦が買い物に行くんじゃないか、と違和感を覚えていると、小さく唸り声をあげて緑が目を覚ました。視線だけ動かし青を捉えるとお前か、と蚊の鳴くような声で呟く。そしてふ、と息を吐くと帰れ、と吐き捨てるように言った。

「な、何で」
「移ると、厄介だろ」

気を遣っての台詞なのだろうが、それは青をムッとさせた。

「馬鹿言わないで、嫌よ」
「嫌ってお前、」
「苦しんでる病人放って帰れっての?」

其処まで人間腐って無いわよ、と怒鳴る青に緑は呆気にとられた表情をしていた。青は青でそっぽを向いて馬鹿に風邪は移らないからご心配なく、なんて全く科学的根拠の無いことを言っている。追い返すのは無理だと諦めた緑が好きにしろ、と呟くと漸くこちらを向き直った青と目が合った。名前と同じ色の瞳にもう怒りは無く、純粋な心配の感情が滲んでいる。

「私が居たくて居るんだから、気にしないで」
「…うる…い、お…なだ…」

その言葉は掠れ切ってよく聞き取れないものの、安心したような声色でそう言うと緑は目を閉じた。直ぐに聞こえてきた規則的な寝息に青も安心する。布団の上に投げ出された手を戻してやろうとそっと取った。何時も筆を握っている冷たい手が、今は子供のように暖かい。戻すのを止めて代わりにぎゅうっと握りしめてやった。じんわりと温い温度が伝染してきて思考が鈍っていく。



「ただい…あら」

帰ってきた七美が見たのはすうすうと眠る弟と可愛い後輩の姿。なんとも微笑ましい光景に顔を緩ませながら青にも毛布をかけてやると、自分は台所へと向かった。





(あの子のあんな安心した顔、何年ぶりかしらね)



仲秋、感冒。
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