珍しく早く起きたかと思えば、朝食も食べずに緑は家を出て行った。折角準備したのに、と拗ねながら、そのまま昼食に回してやろうとおかずを水屋に仕舞う。ふと視線をやった窓の外はからっと晴れていて夏が近いことを告げていた。出て行きたくなる気持ちも判らないでもないけど。溜息を一つ吐いてから青は風呂場へと向かう。其処ではここ数日続いた雨のお陰で籠一杯に溜まった服達が洗われるのを待っていた。

「天気も良いし、一気にやっちゃおうかしら!」

先ずは洗い分けの必要なものの選別。これだけでも時間がかかりそうだ。気合を入れて袖を捲ると、青は籠の中身を引っ繰り返した。



最後の塊を洗濯機に入れた時、玄関の開く音がした。時計を見ると既に正午を一時間程過ぎている。昼食の準備をしていない、と焦るが、直ぐに朝食を残しておいたことを思い出した。軽く手を洗ってから台所へ向かおうとしたところで部屋に入ろうとする緑を発見。昼も抜く気かこの男。早足で緑に近付くと少し高い位置にある襟首を捕まえた。

「仕事熱心なのはよろしいことでございますけどぉ?」
「何を、」
「ご飯は食べなさいって何回言わせる気っ!」

青の剣幕に何かを言いかけた緑も大人しく口を噤んで台所へと向かう。全く、と呟いてから青も後を追った。朝の残りなので当然冷めているのだが、緑は文句の一つも言わない。それは普段の緑からするとらしからぬことなのだが、未だかっかしていた青は気付かなかった。



家事を一通りこなした頃になると、青の怒りも殆ど冷めていた。それよりあの後何も言わずに部屋に閉じ籠った緑に違和感を感じる。基本的に彼は無口だが、今日はいつも以上に喋らない。そっと部屋の前まで行き襖を僅かに開けて中を覗く。緑は机の前に胡坐を書いて座っていた。手を動かしている様子は無いので仕事中ではないらしい。青は気になって声をかけた。

「緑ー、入るわよー」

いきなり入ってこられたことに驚いたのか、緑はびくりと肩を跳ねさせ振り返る。いつもならそんなことないのに、と此処でも違和感を覚えながら正面に座ると青は緑に問いかけた。

「何か悩み事でもあるの?」
「ん…いや、別に」

大した事じゃない、と言いながら緑は視線を逸らす。何か隠し事がある時の彼の癖。青はその言葉を信じなかった。

「嘘吐き」
「…」
「本当は悩んでるんでしょ」
「………」

それでも緑は答えない。

「なぁに、私に言えないような事なわけ?」
「…!」

冗談のつもりで放った言葉が緑を反応させた。一瞬で青の笑顔が凍る。

「…判った、これ以上は聞かないわ」
「青、」
「ごめん、深入りしすぎちゃって」

緑の言葉を遮って、青は部屋を出ていく。顔を見なかったので彼の眼が揺れていたのに気付けなかった。



気まずいとはいえ同じ家にいる以上顔を合わせないわけにはいかない。しかしやはりいつもの調子では接せず、夕食を食べ始めてからも互いに無言を貫いていた。黙々と箸を動かす緑を盗み見しては先程のことを思い出す。自分には言えない事とは何か。気になる半面聞きたくないとも思う。そんなことをぐるぐる考えていると、向いの緑が箸を置いた。

「青」
「な、何っ」
「…後で、話がある」

それからはもう味が判らなかった。出来るだけ先延ばしにしたくてゆっくりと口を動かしていたが、咀嚼し嚥下している以上料理は減っていく。最後の一口を飲み込んで、後片付けをしている間も緑は無言で席に座っていた。青が再び席に着くと、漸く緑が口を開く。何を言われるのか、悪い想像しか出来ずに思わず息を飲む。

「俺は喋るのが下手だ」
「…知ってる」
「だから上手い言い回しが思いつかなかった」

緑は言葉を切ると懐から細長い箱を取り出し差し出した。開けろということらしい。恐る恐る手に取り開くと、其処には銀で出来た立派な簪が収まっている。驚いて顔を上げると、真剣な瞳と視線が合った。これ、は。


「俺と、夫婦になってくれ」


無意識の内に涙が零れ、緑が慌て始める。彼の不安そうな顔を見るのは初めてかもしれない、と思いつつ笑みを返した。

「違うの、嬉しくて」

そう言うと、緑も少し笑って雫を拭ってくれた。その手つきは酷く優しい。





(「それで、返事は」「喜んで、に決まってるでしょ!」)



雪ノ下、求婚。
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