旧短編集(ゲーム) | ナノ

ブラウンシュガーとチョコレート





疲れた身体を半ば引き摺るようにして我が家のドアを開ける。
しかし何時もなら直ぐに飛んでくるお帰りなさい、の声が今日は聞こえない。
鍵は開いていたし電気も付いているからにして居ないという訳ではなさそうだ。
几帳面な性格通りきちんと靴を揃えてからノボリは居間へと向かった。

「あ、お帰りなさいノボリさん」

居間へと続くドアを開けた瞬間、甘い香りと聞き慣れた声が嗅覚と聴覚を刺激した。
少し散らかった台所に黒のエプロンを付けたトウコが居る。
ノボリが帰宅したことに気付くとふわっと花の様な笑顔で出迎えた。

「只今帰りました」
「すみません、気付かなくて」

先程までの笑顔とは一転、しゅんとした表情で謝るトウコに、ノボリはネクタイを緩めながら微笑む。

「そんな顔しないで下さいまし、気にしておりませんから」

昔よりは随分と見る機会が増えたとは言え、未だノボリの笑顔は珍しい。
其の所為か、トウコは照れとも何とも言えない表情になり、最終的には台所に戻った。
そういえばこの甘い香りの源は何であろうか。
ノボリが台所を覗くとオーブンが低い音を立てて稼動している。
そして何より、トウコの手の中にあるものを見てふととある出来事が思い浮かんだ。

「バレンタインですか」
「はい、今年はチョコブラウニーにしてみました!」

そう楽しそうに言うと、トウコは余ったらしいチョコレートの端を齧る。
するとふと顔に影がかかり、不思議に思ったトウコがチョコの欠片を加えたまま少し顔を上げると、近距離にノボリの整った顔が在った。
驚いて離れようとする前に彼の口がチョコレートの反対側の端を捉える。
かちこちに固まってしまったトウコとは裏腹に、ノボリはチョコレートを食べ進めた。
ぱきん、ぱきんと欠片が砕かれていく音がする。

「…ふぁ!?」

トウコの硬直が解けたのはお互いの唇が触れ合う寸前。
思わず唇を離した欠片はそのままノボリの口内へ収まった。

「…うん、甘いですね」
「な、なな、何…っ」
「トウコ様」
「はいっ!?」

ノボリは静かにトウコの名前を呼ぶと、頬に手を沿え耳元に口を寄せる。
それだけでトウコはびくりと身体を震わせた。

「今年は、チョコレートと一緒にトウコ様を頂いても構いませんか?」

色気のあるバリトンボイスでそう囁かれ、トウコは一気に茹で上がる。
ぐいとノボリの胸板を押して距離をとるとするりと後ろに回り、風呂場の方に押した。

「お風呂!入ってきちゃって、下さい!」
「それは肯定の意ととっても宜しいので?」

意地悪気にノボリが問うと、トウコは益々赤くなって叫ぶ。

「そんなのいちいち聞かなくても判るでしょう!」

若干涙目になり自分を上目遣いで睨み付けてくる小さな恋人に、ノボリは再びくつくつと笑った。








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