旧短編集(ゲーム) | ナノ

胎動





モデルという仕事に就いた時から自分の周りは常に賑やかであり今のように落ち着いた時間を持つ機会は職に就く前より格段に減った。自らが選択した人生であったしそれを後悔したことは無いが、それでも自分の時間が欲しくないと云えば嘘になる。尤も、今自分の時間を持っているのは自分が望んだからではなく、周囲に無理矢理持たされていると云った方が正しいかもしれない。

(皆して気が早すぎるのよね)

ふと寒さを覚えて上着を取りに行こうかと手元にある本の読みかけのページを開いたまま引っ繰り返した時、玄関からバタバタと騒がしい足音と自分の名前を連呼する声が聞こえてきた。
今日もか、と溜息を吐くのと同時に部屋に見慣れた白が飛び込んで来る。

「カミツレカミツレ!お腹大丈夫!?」

サブウェイマスターたる証である特徴的なコートと帽子をその辺に放り投げながら彼が私に問う。
断っておくが私は別にお腹を壊しているわけではない。
彼らしいといえば彼らしいのだが、もっと他に言い方があるだろうに。

「未だ何ヶ月も先よ」
「そんなの判らないよ、もしカミツレに何かあったら大変!」

少々からかいを含ませて言った言葉に意外にも真面目に返されて、それもそうかと思い直した。
いくら予定日が先といってもそれまで何も無いと言い切ることは不可能。常に様々な危険が付いて回る。
新しい息吹を抱えているのだ、最早自分一人の命ではない。
そんなことを考えていると、突然彼が私の方に倒れ込んでくる。

「ちょ、ちょっとクダリ?」

彼は黙ってするりと私の下腹部を撫でた。

「男の子かな、女の子かな」

楽しみだなぁ、と笑う彼に対する愛おしさが込み上げてきた。
子供だ子供だと思っていた彼の表情は、何時の間にか大事なものを守る父親の顔に近付いている。
正直に褒めると調子に乗るのが目に見えていたので代わりに重いわよと一言文句を言っておいた。



胎動




顔付きは変わっても子供体温は変わらないようで、先程までの寒さはとっくに消えている。




ついったでいい夫婦の日にとある方の素敵過ぎるクダカミイラストにインスパイアされまして。




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