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季節、お裾分け




花見に行こう、と誘いに来た彼女を追い返したことは未だ記憶に新しい。ついでに思い出せば確か今日がその花見の日、だった。
半日は握りっぱなしだったペンを置いて伸びをする。椅子と背骨が音を立てた。
背を反らせたまま視線を外にやると、太陽は既に今日の業務を終えて山の向こうに帰ろうとしている。
頑張ってはみたものの、結局間に合わなかったな。
机の上には処理済みの書類が積み上げられている。これらを仕上げられた代償として数日前にむくれたブルーの顔を見る羽目になったのだが。
こんな調子じゃ又シルバーにどやされるな、と溜息を吐いた時、がちゃりとドアが開いて今迄考えていた人物が飛び込んできた。

「はーい、グリーン!」

取り敢えず怒っているといった表情ではないことに安堵する。しかし物凄く機嫌が良さそうなのも逆に不吉であった。そして数秒後にその予感が当たることになる。
何だ、と机の隅に追いやられていたマグカップを取りながら問うた瞬間、目の前が真っ白に染まった。

「一日中机に噛り付いて書類整理に追われるジムリーダー様に春の到来を告げに来ましたー」

もっさりとそこら中に積もった薄桃色を見ながら、ブルーが言う。
そう、彼女がぶちまけたのは大量の桜の花。
唖然としているオレの傍によってくると、ブルーはくすりと笑った。

「お酒とかお茶ならともかく、コーヒーに桜ってのは微妙ね」

すらりとした指がさした先には濃い茶色に浮かぶ花弁。
口元まで持っていきかけていたカップを机に戻した。

「あ、あのね、ジムに閉じ篭ってばっかりじゃつまんないだろうなぁーと思って…」

黙り込んだオレに、ブルーは慌てたように弁解を始める。怒ってる?と顔を覗き込んでくる彼女に一言。

「…別に、怒ってない」

途端にブルーはほっとした表情になる。そんな彼女を見ていると、何だか気が抜けた。
春特有の甘ったるい匂いが充満しているのに気付き窓を開けると、ぼんやりとした光と冷めた風が部屋に入ってくる。
確かに、此処にも春は到来した。



季節、お裾分け



「でも、後片付けはして貰うぞ」
「う、判ってるわよ…」



chu xxの千紘さんへ。相互有難うございました!






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