7


まだ人通りのいない道で大きな電柱を通り過ぎようとした時、人の声が聞こえた。

全く予想していなかった場所からの声に、二人とも驚いて目を丸くして電柱を見る。

するとそこには大きなダッフルコートを羽織り、赤いマフラーを巻いた20代ぐらいの男が立っていた。


電柱に隠れていたわけではない。
たまたま有志達の方へ歩いてきていて、二人が通ろうとした為道を開けただけだった。


驚きながらも有志はその男性の前に立つと、頭を下げ深々と御礼をした。


「あなたが警察を呼んでくださったんですか?」

「うん。あいつらこの辺じゃ有名なバカ3人でさ。つい1時間ぐらい前あいつらが駅前で警察と揉めて逃げたの見ててね…。で、なんかまたバカなことしてたから通報したの」

「ありがとうございました。ほら、智希も」

「ん、うん……ありがとうございました」

「いいよいいよ。奴らには1回痛い目見てもらいたかったしな」


茶髪で少し長い後ろ髪をぽりぽりとかきながら、照れたような表情でにこりと笑った。
大人の表情だ。
正直、有志より大人に見える、
というか、彼はきっと有志を年下だと思っているだろう。

「あ、あの、よかったらコーヒーでも奢らせてもらえませんか?」

「「えっ」」

今度は茶髪の男と智希の言葉がかぶる。

「ほら、彼氏嫌だってさ」

「そ、そんなことないです…」

「いいね、若いだろ君。顔いっぱいに嫌ですって書いてるよ」

「そんなっ…!」

「あなたがいなかったら俺たちどうなってたかわかりません。是非奢らせてください」

「………」


智希を無視して有志は茶髪の彼に言い寄ると、彼も観念したのかじゃあ一杯だけ、と了承してくれた。
智希は複雑そうな顔をしている。
それを見て茶髪の彼はまた穏やかに笑った。

「え、35??!」

「あ、はい」


すぐ近くにあった喫茶店へ3人で入ると、頭や肩に積もった雪をはらい窓辺のテーブルに座った。

座った直後年齢を聞かれ素直に答えると、いつも通りの返答が返ってくる。


「もっと下だと思いました?」

「あー…うんー…」

目を泳がせながら言葉を濁す。


店員が暖かいタオルを持ってくると、有志と智希ははぁ、と表情をゆるませながらため息をつく。
タオルで手を吹きながらため息をつく姿はまるで…。

「なんか二人、似てますね」

「そ、そうかな」

「………」

ギクっと二人して肩を揺らすと、話題をそらそうと早々に飲み物を注文した。



「俺は泉水有志って言います。こっちは……智希です」

「……どうも」


危ない。泉水智希って言いそうになった。


「俺は東條葉月(とうじょうはづき)です」

「葉月さん、って…綺麗なお名前ですね」

「いえいえ全然。昔から女みたいな名前つってよくイジメられましたよー…。お二人は旅行かなんか?」

「あ、はい」

「いいですよ、俺より年上なんだから敬語使わなくても」

「じゃあ東條さんも敬語じゃなくていいですよ」


「………」


智希の前で繰り広げられる、なんとも大人な雰囲気。


ここで拗ねてしまってはダメだ。
先ほど怒りに我を忘れかけた自分としてはもっと大人な態度を取らなくてはならない。

いつもはカフェオレを頼んで砂糖を2つ入れる智希だが、ブラックにしてみた。

もちろん、飲めるわけないのだが、少しでも大人に見せようと必死だ。

しかしそんな智希を知らず有志は 今日はブラックなんだ。 程度にしか思っていない。


とても可哀想である。






「東條さんはおいくつ?」

「28ですよ」

「見た目若いね。20代前半くらいだと思った」

「いやいや、泉水さんに言われたくないよ」

全くもってその通りだ。

「茶髪にしてるしねー。先月仕事辞めて今じゃプーですからね」

ケラケラと笑う東條に、有志もつられ苦笑いをする。

「でも先月までは一応医者の見習いみたいな事してたんですよ」

「おおう、それは凄い!」


コーヒーが運ばれてきた。

ことっと音を立てて智希の目の前にブラックコーヒーが置かれる。


やべぇ…匂いだけでも苦そうで無理だ…。

そんな智希をほって有志と東條は会話を弾ませながらブラックコーヒーを飲み始める。


「といっても、色々あってカーっとなって…勢いで辞めちゃったんです」

「そうなんですか…でも東條さんは若いから、まだまだこれからですよ」


…。楽しくない。


智希の気持ちに気づいた東條は、少し困ったような顔で笑い智希に話しかけた。


「智希くんはいくつ?」

「っ……24 です」

「ぶっ…」

「だ、大丈夫?」

有志が吹いた。

「すみません、ちょっと熱くて…」


一瞬智希を見たが、プイとあちらを見てしまって目が合わない。


そ、そうだよな。
俺35って言っちゃったし、17って言ったら怪しまれるよな。


有志は口を拭きながらコホンっと咳払いをした。


「泉水さん達はこれからどこに行く予定?」

「あ、市場に…」

「いいですねー。楽しんできてください」

「はい、ありがとうございます」

「いつ戻るんですか?」

「えっと、今日もう一泊して、明日夕方の便で」

「そっか。もう2〜3日滞在してくれたらおいしい店たくさん紹介したんだけどなー」

「じゃあ今度また北海道来た時連れてってください」

「はい、喜んで」


楽しくない。
ので、ブラックコーヒーを飲んでみた。

「ずっ…ずずっ……」



全くおいしくない。




「じゃあそろそろ…」

「そうですね、俺たちも早く行かないと…。なんだか無理矢理すみませんでした」

「いえいえ、楽しかったですよ」

「あの、ほんとに助けてくれてありがとうございました」

智希がこれだけは言っておかないと、と席を立ちながら頭を下げる。

「……助けたつもりはないよ。折角の旅行なんだしね、あんなやつらのせいで北海道民の印象悪くなるのも嫌だし」



立ち上がりながらそう言う東條を見て、智希は悔しいけどかっこいいと思った。
これが大人なんだな。



「じゃあ、ご馳走様でした」

「また会えたらその時は宜しくお願いします」

「はーい。じゃあね〜」


東條は最後に少し子どもっぽく手を振り歩き始めると、雪は止んだけれど白く綺麗な雪景色の中を歩いていった。





「いい人だったねー」

「うん……」

「ごめんな、どうしても御礼したくて」

「ううん。俺も御礼言えてよかった」


智希を見上げると、少し大人顔になったような気がした。


どんどん、大きくなる。

どんどん、かっこよくなる。

俺なんか置いて、どんどん…。


「どした?寒い?」

「ううん。さ、いこっか」

「ん?うん」



智希は毎日成長していくのに、俺は日々老いていくばかり。

年齢の差は埋められないことはわかっている。
でも、こんなにキラキラ輝いている子を、俺なんかが独占していいのだろうか。


俺なんかが…。









「もうダメ…動けない…」

「流石に今日は観光というよりグルメツアーだったな」

夜の7時が過ぎた頃、二人はホテルに戻ってきた。
朝から出かけたというのに、今の今まで北海道の食を存分に楽しんできた。

それぞれ会社や学校の友達へのお土産も一通り買い終え、満喫した一日を過ごした。

ベッドの上で死んだように手足を伸ばし動かない有志。
智希はお腹をさすりながらすぐ隣に腰を下ろす。

「でも全部おいしかったね」

「おいしかったー。一生分のカニとウニとマグロ食べた!」

「それは言い過ぎっしょ」

目を輝かせる有志を見て笑みがこぼれる智希。
ふと時計を見て小さくため息をつく。

「お風呂どうする?まだ7時過ぎだけど……。部屋の浴室使う?近所の大浴場行く?」

「んー……最後だし大浴場いっとこうか」


ホテルから歩いてすぐの所に、天然温泉の出る大浴場があった。
スーパー銭湯と呼ばれる類だ。

ホテルには露天風呂があるが、昨日入った小さめの露天風呂しかなく、その予約が取れなければ部屋についている小さなバスになる。
なので、ここのホテルも近所の大浴場に行くことを勧め、実際このホテルに泊まる客もほとんどがその大浴場へ行っているらしい。


「大浴場ならエロいことされないだろうし」

「人の目を盗んでヤるのとか1回やってみたかったんだよなー」

「やっやらないからな!!」

「はいはい」


くすくすと笑いながら智希は立ち上がると、まだ動けない有志の変わりに風呂に行く準備を始めた。


帰りにコンビニでアイスとか買って帰りたいな。
なんかそういうのしたことないからテンション上がる。

わくわくを身支度をすませ、やっと動けるようになった有志の腕を引っ張り部屋を後にした。


フロントで鍵を渡す。
夜になるとさらに寒い。外を少し小走りで進む。



「静かで綺麗だね」

「うん…。また来ような」

「じゃあ俺の初給料で北海道行こうよ」

「いいね。智が社会人とか信じられないけど」

「いつまでも子どもじゃっ…」

「はいはい、ほらお風呂屋さんついたよ」


はぐらかされムっとする智希を置いて、有志は鼻歌を歌いながら中に入っていった。


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