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食事を終えると有志が食器を片付け始めた。

何もない家ですみません、ソファでくつろいでいてください。と、苦笑いしながらせかせか動く姿を見てなんだか和む東條。

台所へ行った有志と入れ替わりで智希がコーヒーを持って出てきた。

「ブラックでいいんですよね」

「おーありがとうー」

湯気の立ったコーヒーからはとてもいい匂いがする。
癒し空間である家庭的な家と相まって、なんだか心が落ち着く感じだ。

「いい匂いだな」

「父さんがコーヒー好きだからね。いつも豆を量り売り?で、買ってる」

自分はコーヒーを飲まない(飲めない)のであまり詳しくない。

リビングのソファに座る東條の前に暖かいコーヒーを置くと、その隣に智希用のお茶を一つ、東條から一番離れた対角線上にコーヒーを一つ。

「そんなに警戒するなって」

「この世は父さん以外みんな敵だからね」

お前が言うと本気に聞こえる…。いや、本気なんだろうけど。

まもなくして有志がリビングに入ってきた。
コーヒーが置かれた場所を確認して東條と対角線、智希の目の前に座る。

少し前まで小さな攻防戦があったことなんてつゆ知らず、ニコニコ笑顔でコーヒーを一口飲んだ。


テーブルを男三人が囲む。
春が過ぎて心地の良い風がベランダから流れてきた。
窓を半分開けているだけだが、その風は冷たすぎず生温かくもない。

「そういえばどうして北海道からこっちへ来られたんです?」

「ぐっ…ゴホッゴホッ……ウッ」

「え、なに智希どうした?お茶葉詰まった??」

詰まるかよ、と心の中で突っ込んだが目尻に涙をためてニコリと笑う。

「ううん。ちょっとお茶が気管に入ったみたい。大丈夫」

「くくっ…」


肩を震わせ笑う東條に気付きジロリと睨む。

有志を追いかけて北海道を離れたと言うことを知っている智希が、知られたくないからか焦る行動を見て思わず可愛いと思ってしまった。

ほんとにこの親子は可愛い。

「前、北海道でお会いした時、俺ニートだったでしょ」

「たしかそうでしたね…でも自分探しというか、これからのことをきちんと決める大事な期間だったんでしょ?」

穏やかに笑う。

「………なんていうか、医者は向いてないんですよ、まぁ。親父にもだいぶ言われたんで。だけどいっちょまえに誰かを助けてあげたいという正義感みたいなものはある。そう思った時、体の治療じゃなくて、心の治療なら俺にでもできるんじゃないかって。だからこれから色々勉強していって、とりあえず今はこの土地で保健の先生として働いて、資格をとったり色んな講義を聞きに行ったりしたいなと。そしていずれは自分のクリニック持ちたいなーって思ってるんです」

そしたら偶然学校に泉水がいてね、と言いながら智希を見る。

さすがに有志がこの土地にいるからここに来たとは言わなかったが、嘘はついていない。
カウンセラーとして人と関わっていきたい、という目標ができた。

「すばらしい」

「いやいや。有志さんのほうが何十倍もかっこいいですよ」

何千倍もだろ。

お茶を飲みながらツッコミをいれる智希。
なんだか三者面談をしているみたいであまり心地良くない。

「智希、東條さんに進路の相談とかしたらいいんじゃないか?」

「え、やだよ」

「こら!」

「あはは」

東條を信じきっている有志に少し苛立ちを覚える。

確かに救ってくれたし、相談したら的確な回答をもらえるだろう。

何より、誰にも相談できない二人の関係を知っている。

智希が理想としている大人に近い。


だからこそ、頼りたくない。


「まぁまぁ有志さん。このぐらいの年齢はみんなそうですよ。自分で片付けられると思ってる」

「べつにそこまで…思ってないし…」

語尾は弱く自信のない声だったが、東條は感心した。

たった数週間で大人になったな泉水…。
前のお前なら確実、片付けられるし!とか言ってお茶こぼしてただろ…。

有志との危機を乗り越え大人になり始めている智希。
まだまだ子どもではあるが、一生有志と一緒にいるにはどうしたらいいのか日々模索中なのだ。




この日会話はとても弾み智希も想像以上に楽しめた。

やっぱなんかあったらこの人に相談したほうがいいかな…。

そう思えるほど、距離が縮まったようだ。


「おじゃましました」

「また来て下さいね」

「………」

「来なくていいって顔してるぞ、泉水」

もちろん、バレる。


「本当に送らなくて大丈夫ですか?」

「はい、ちょっと寄り道して帰ろうと思うんで」

「また明日、学校で」

「おー」


片手を上げ二人に挨拶すると、まだ日が昇る住宅街をゆっくりと歩いて行った。


見送り玄関の鍵をかけると、ニコニコしながら有志が智希を見つめる。

「やっぱり東條さんはいい人だな。これからも仲良くさせてもらおう」

「………」

やだ、と言わず口を尖らせる。
まだ声に出さなくなっただけでも一歩大人に近づいたのだろうか。

「父さん…」

「ちょっ」

玄関を上がりリビングへ行こうとしたら、突然後ろから抱きつかれた。
バランスを崩しそうになったが簡単に智希が受け止めたので吸い込まれるように体に埋まっていく。

「……どうした?」

「わかんない。ただちょっと抱きつきたくて」

ぎゅう、っと力を入れてさらに深く有志を取り込む。
強く抱かれてはいるが苦しくはなくむしろ心地良い。

有志は自分の胸にまわされた智希の腕を愛おしそうに掴み、触れていた二の腕に頬をすり寄せた。

「たくさん喋ったからちょっと疲れたね。昼寝でもする?」

「え、シてもいいっ…」

「ひ る ね」

そのまま二人でくっつきながら2階へあがり、抱き合いながら緩やかな時間を過ごした。



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