メビウスの帯【第3回アンケート2位/智希×有志】

悲しいことに、モテたことがない。
特に学生時代は暗黒時代だった。

根は暗く、背は猫背気味なくせに元々低い。

中学生の頃あまりの弱々しさに、父に柔道を習えとムリヤリ入門させられて4日で辞めた。
なぜ4日かというと、『3日坊主』より一日頑張った、というかなりくだらない理由だ。


あまりにも早く辞めた自分の息子を恥じてか、両親はそれ以降うるさく男らしくしろと言わなくなった。

自分の細い腕を見てため息がこぼれる。
気まぐれで筋トレをしても腕立て伏せが20回続かない。

プルプルと震え力なく床に崩れ落ちる。


はぁ。
人生何万回目のため息だろうか。


こんな自分に一生彼女はできないだろうな。
こんな自分がいいと思ってくれる人なんて絶対いない。

きっと結婚もできない、子供もいないまま、孤独死するんだ。


齢13歳の悩み。



しかし人生というのはわからないもので。









「なに、でっかいため息」

「ちょっと昔の事思い出してた」


夕食後、食器洗いを終えた俺はリビングに戻ってきた。
するとテレビを見ながらスクワットをする我が息子を見て息を飲む。

ソファに座りながら自分の思春期時代を思い出すのだが、智希と正反対すぎて涙が出てきた。


高校生で幾分か身長は伸びたけれど体は細いままで色も白くやはり根が暗いので内向的だ。
それが美人な彼女が出来て、後に妻になって、自慢の息子が生まれた。

昔の俺に未来は明るいから頑張れって言ってやりたい。


「また、ため息」

智希がスクワットをやめ隣に座った。
じんわりと汗をかき、自分と同じ洗剤の匂いと独特の汗の匂いが俺の脳を刺激する。

「ご飯食べたあとは激しい動きしないほうがいいんだよ」

「全然激しくないし。父さんとのセックスの方が激しい」

「お前…ほんと俺よりおっさんくさくなるよな…」

ただでさえ汗の匂いで高まりかけているというのに、わざと俺の耳元で熱く呟く。

冗談でかわそうとしたけれど、ぎゅっと手を握られ顔が近づいてきた。

触れるだけのキスを一つ。


「明日14時でいいんだっけ」

「うん。ちょっと今月の後片付けで会社行くだけだから大丈夫。智希もバスケの練習大丈夫?」

「俺も午前だけだし全然余裕。じゃあ14時に駅前で」


そう。明日は待ちに待った智希との待ち合わせデートなんだ…!

最近できた水族館が『大人の水族館』を売り出していて、夜も営業している。
規模はあまり大きくないが、ど迫力の海の生物ばかりではなくシンプルの綺麗な水槽らしい。

男二人で昼の水族館…とも思ったのだが、智希に夜の水族館のほうがガチっぽいよと言われて昼に行くことにした。
その時はうなずいたのだが、正直、何がガチなのかわからない。

とりあえず楽しみ過ぎて今日は寝られそうにない。






「泉水さんなんかソワソワしてません?」

「べつに」

「さっきからめっちゃ時計見てますよね?」

「重里。俺のことより今月の伝票上げたのか?」

「わわわ!」





「先輩、なんか用事あるんですか」

「べつに」

「ずーっと携帯見てますよね」

「姫川。俺のことより早く掃除に参加しないとサボってるってチクるぞ」

「サボってないです!!」






『会社出ました。予定通りにつけそうです。』

『なんで敬語w』

『(≧ヘ≦)』

『顔文字だっさwww』

『(*Φ皿Φ*)』

『使い方絶対わかってないだろwwwww』

『前から思ってたんだけど、wってどういう意味?』

『いまさらーーーーーーーー』





「…泉水さん。不審者ですよ。顔ニヤけすぎ。どうせお父さんからでしょ」

「おぉ佐倉…お前エスパーか…」





ニヤける顔を必死でマフラーで隠し電車に乗った俺は、いつもと違う路線で恋人の待つ場所へ向かう。

昼間なうえに智希とのやり取りで体はポカポカ暖かい。
電車に乗り合わせた全員と握手をして人生って素晴らしいですねって叫びたい。

きっと通報されるけど。


智希とどこか出かける時はいつも家から一緒だ。
もちろんそれは幸せなこと。大好きな人が常に隣に歩いてる。

だけどやってみたかった、 待ち合わせ 。

お互い携帯でやり取りしながら人混みの中歩き続ける。

今回俺の我がままを聞いてもらって、あえて人の多い待ち合わせ場所にしてもらった。
普段なら嫌な人混みも、全て智希と俺のデートの演出なんだと思ったら最高だ。
みんなありがとう!

智希は一度家に帰り着替えてから来るらしい。
俺は休日出勤のためスーツではなくラフな格好だからそのまま集合場所へ向かう。

時計を見れば待ち合わせ10分前。人混みのせいか、いつもより歩く速度が遅い。
早くしないと智希を待たせてしまう。

悪いと思いつつこれもなかなか良い演出だと思ってしまうわけで。

するとポケットにいれていた携帯が震えた。
この人混みなら少しだけいいか…と素早く携帯を見ると、智希から着いたと連絡がきた。
花壇に座ってる、と。

これこれ…!
こういうの…!

すぐ携帯を閉じ再びポケットに押し込むと、速度を上げながらもにやけ顔で待ち合わせ場所へ向かった。



「智希………いた!」

花壇を探し目を細めると、お世辞ではなくこの場所で一番かっこいい男がそこにいた。


か、かっこいい …


自分の息子に見とれる父親。
見つけたというのにすぐ声をかけず数秒眺める行為は異常しかない。

智希は座りながら足を組んで、携帯を見ていた。

智希…智希…!!


「智!」

「……おー。おつかれー」


満面の笑み、いただきました。


「ごめん、遅れて」

ちょっと見とれてた。

「時間ちょうどだよ。それにこの人混みだし」

気を使う息子を見てちょっと良心が痛んだ。

あぁそれにしても可愛いな。ほんと。かっこいいし、可愛い。


「そんなマフラー巻いて熱いんじゃない?顔赤いよ」

「あ、歩いたから」

「昼間はまだ暖かいもんなー」


人混みに紛れ込む俺たち。

カップル、家族連れ、たくさんの人で溢れる中、手の甲が触れるぐらいの距離で歩く。

歩きながら今日あったことや最近のこと、これから行く水族館のこと、たった数分でもとても楽しくて、嬉しくて話はつきない。



水族館につくと、長蛇の列が出来ていた。
智希はここで待ってて、と俺を門の前に待たせチケットを買いに行く。


で、できた彼氏だ…!


ん?この場合俺は彼女になるのか?


カァ…っと頬が赤くなりおでこに汗が滲む。
マフラーを完全に取って待ちながら、たくさんいるカップルを観察していた。

良くできた彼女ってどんなだ…。

俺の隣で20代前半ぐらいのカップルが楽しそうにパンフレットを見ていた。
彼女は可愛いピンクのコートを着て、ニット帽を被っている。
なんだかそれだけでもう良くできた彼女のような気がした。


「………もっとオシャレしてくればよかった…」

自分の普段着を上から寂しく眺め、しょんぼり肩を落とす。

智希みたいにスタイル良くないからな…。
何してもひ弱にしかなんないんだよな…。

するとスタイル抜群の息子が帰ってきた。

「お待たせ。寒かった?顔歪んでるよ」

「智希…帰り服見に行きたい」

「え、いいけど突然なに」

智希の隣に立つには色々と大変だ。
俺の子なのに…。



中に入ると通路の上が透明の水槽になっていた。
上を小さなサメや色んな種類の魚が泳いでいる。

休日の昼間だ。
人がたくさんいたけれど、久しぶりに訪れた水族館は想像以上に興奮した。

「小さい頃水族館来た時からずっと不思議だったんだけどさ、サメと一緒に泳いでる魚って、サメに食べられたりしないのかな」

「サメって、肉食魚の中でも比較的おとなしい性格らしいよ。人を襲うのもいるけど、基本サメは自分の口より大きい魚は食べないから、そういうの調整して水族館で飼育されてるらしいよ」

「おおーすげー父さん物知りー」

この前たまたまサメの生態番組見ててよかった。


水槽に囲まれた空間はとても神秘的だった。

人も、元は海の生物だからだろうか。
海を見ると懐かしさを覚え、魅了する。

海に戻りたいとは思わないけれど、まるで故郷のように安堵さえ感じる。

「魚食べたくなってきた」

「こら。ここでそんなこと言わない」

「元気なんだよ」

なにその言い訳、とケラケラ笑っていると、アーチを抜け今度は深海魚の見本や歴史の部屋にたどり着いた。

深海魚はあまり人気がないのか、薄暗い部屋で人はまばらだ。
確かにこれは大人の見せ方だ。子供にはちょっと退屈そう。

「すっげーこの深海魚超かっこいい!」

うちの子供は大変興奮しているようだけど。


館内は1時間弱で全て見終わった。
イルカショーもあったのだが、別にいいか、ということになりそれよりご飯となった。



「あ、父さん父さん。お土産コーナー行こうよ」

「いいよー」

出口を通ろうとしたら腕を引っ張られ引き戻された。

終着駅には人がいっぱいたまる。
お土産屋は人だかりで奥が見えないぐらいだった。

「と、智…」

「埋もれてるんだけど」

笑いながら腕を強く掴まれ救出してくれる。
海外からの観光客もいるみたいで、言葉の違うグループに連れて行かれそうになりながらもなんとか智希の元へたどり着いた。

「凄い人だねー」

「閑散としてるよりいいけどなー」

「そだね」

お土産コーナーを二人で回りながら、水族館の名物プチケーキとマスコットキャラがど迫力でプリントされたタペストリーを買った。

「なんでこのタペストリー買ったの」

ケラケラと智希が笑う。

「旅の土産はタペストリーだろ」

「旅じゃないし」

まだ笑い続ける智希。

ダメだ。
全然失敗だ。
全然良い彼女じゃない。


「父さん、俺トイレ行きたいから先に出口で待ってて」

「わかったー」

レジを抜けてもまだまだ人混みは続いていて、軽く智希に返事をして俺は先に出ることにした。




なかなか出てこない。
やっぱりトイレも混んでるんだろうか。

すると智希が足早に出てきた。

何度も言うが、本当にかっこいい。


「お待たせ」

「ん。じゃあご飯行こっか」

「ラーメン!」

「ラーメン!」


二人肩を並べて水族館を出ると、まだ陽は昇っていたが待ち合わせた時よりも寒く感じた。


ラーメンを食べたあとは近くのショッピングモールで買い物をした。
智希に選んでもらって服を3着と靴を1着。
鞄も見たのだが好みのものはなかった。

「突然服買いたいなんてどうしたの」

「おっさんの若作りだよ…」

「父さん十分若いって。見た目も中身も」

お前についていくのに必死なんだよ、と睨みつけたが、本人は全く気付いていないようでケラケラと笑っていた。



最寄り駅から家の近所までバスがあるのだが、今日は歩いて帰ることにした。
といっても徒歩15分ほどなのだが。

「この辺キレイになったよねー」

「前まで空き地だったのが嘘みたいだよな」

前まで草が生い茂り誰も入ることができなかった空き地が、今では綺麗なクリーニング屋が出来ていた。
横目に通り過ぎながら昔あった駄菓子屋も今ではマンションに変わっていてなんだか寂しい。

「智希は駄菓子屋行ったことあるよな」

「なんとなーく覚えてる。爆弾せんべいがおいしかった」

「そうそう。たこせんの中にたこ焼きとケチャップが大量に入ってるのな!」


ここで生まれ育った俺は、とても根暗でひ弱な人間になった。
だけど、同じくここで生まれ育った智希は背も高く人望のあるステキな人間になってくれている。


「ありがとう、智希」

「なに、突然」

「今日は楽しかった」

「そだね。たまにはいいね、こうやって出かけるのも」

夕陽の影がどんどん伸びていく。
伸びているけど、俺のほうがだいぶ小さい。

縦長の智希の影をみて、それさえも愛おしく感じた。



家が見えてきた。
今日の外デートはこれで終わりか。
ちょっと寂しくて切ない。
だけどまた行けばいいじゃないか。


ぐ、っと喉の奥を鳴らしながら歩くと、突然智希に手を繋がれた。

「ちょ、智…!」

「ごめん、ちょっとだけ。すぐ終わるから」

驚いて智希を見上げると、なんだか少し照れているような顔をしていた。
もう薄暗いのではっきり表情は見られないのだが、息をする感じでわかる。緊張している。

「まだ…全然子供だし…父さんみたいに稼げるいい男じゃないけど………絶対、絶対良い男になって、稼げる男になって、もっと凄いの買い直すから、今はこれで許して下さい」


手のひらに何か固いものがあたった。
智希の顔、声、行動に驚きながら手のひらを開けると、指輪が入っていた。


「えっ…」

銀の輪っかの中心に、小さなストーンが入っている。
一瞬本当にこれが何なのかわからなくて、手のひらを開けたまま見つめてしまった。
薄暗い中、光る銀の色。

かろうじて残っていた夕陽がついに沈もうとしている。


そんな中、一粒の涙が流れた。


「ごめんね、こんな安物しか買えなくて」

「こ、れ…」

「さっきのお土産コーナーで見つけてさ、急遽買っちゃった」


照れくさそうに、はにかみながら俺に笑いかける。
暗くなった住宅街に街灯がついて、俺達が薄暗く映し出されている。

「つけてくれる?」

「ぅ…ぅ」

言葉にできてなく、唸りながら何度も頷いた。

優しく壊れ物を扱うように指を取って、儀式のように左薬指にはめられる。

「よかった。一番大きいの選んだけどおもちゃだからさー入らないかと思った」

父さん細いからよかった、と聞こえたけれど、自分の左手に光る指輪を見てまた涙がこぼれた。


「証。俺と父さんの目に見える証。安い証だけど」


笑う智希の腕をムリヤリ掴んで、玄関の鍵を開け中に入った。


「父さっ…」

「智希っ」


扉が閉まった途端智希に抱きついて、涙を拭わずひたすら唇に食らいつく。
今日見たサメより飢えたどう猛な動物だ。


何度もキスを交わし落ち着くと、呼吸を整わせながら口を離し智希に抱きついた。

「…これでいいよ」

「だめ。自分の金で働いてもっといいの買うから」

「これがいい」

見上げ智希にキスをする。

「智希のは?」

「俺のは…入らなくて」

「もしかしてお土産コーナーで試着したのか」

「こ、小指は入ったんだからな!」


あははと笑い、また抱きつく。


俺のためにあの人混みの中、恥を忍んで指輪の確認をしてくれたのかと思うと体の奥から愛情が零れてしまいそうだった。



智希は安い証なんて言うけれど、そんなの関係ない。

値段なんか関係ない。


そこに智希の気持ちがあるのなら、それだけで十分だ。



終わり





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