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3月吉日、三年生は卒業した。

卒業生代表で答辞を読んだのは、バスケ部元キャプテン大谷聖眞だった。












「大谷先輩、答辞痺れました」

「だろー?」


バスケ部専用の体育館。
今日は卒業式の為部活は昼過ぎからだ。

いつも体育館から聞こえるシューズの音も、ボールが跳ねる音も、生徒達の声も聞こえない。


しかし校門前にはまだ肌寒い風とともに笑いながら話し合う卒業生と、卒業生を名残惜しむ2年生。



智希は在校生代表として卒業式に出席し、同じく参列した同級生と別れを告げ体育館まできた。

すると見計らったように少し疲れている大谷が歩いてくる。
その姿に気づくと智希は笑いながら振り返り大きく手を振った。


胸元に花飾りを付けた卒業生代表のボタンは、一つも残っていなかった。



ブレザーの為数は少ないものの、無惨にも引きちぎられた痕が残っている。




「見事にボタン持ってかれてますね」

「女って怖い。ブラウスのボタンまで引きちぎって行きやがった」

「先輩モテますもんね」

「お前ほどじゃないよ。泉水が卒業する時身ぐるみ全部剥がされるんじゃない」


ケラケラと笑う大谷を横目に一瞬ぞっとなったが、その空気を変えるように清野が現れた。
怠そうに卒業証書を持った彼のボタンも全て剥がされている。


「海賊に出会った気分だわ」

「ここ陸地だから山賊じゃないか?」


真剣ながらも冗談交じりでゆっくり歩いてきた。
大谷の隣に立つと一呼吸置き、晴天の空を見上げ大きく伸びをする。


「キヨさんもお疲れさまでした。ちょくちょく遊びに来てくださいね」

「ま、姫もいるしね」

「なんだ、お前らやっぱ付き合ってたのか」

「手ぇ出してないだろうな」

「子どもに興味ないし」


中学生の義理の弟に手を出しておいて、は、ここにいる誰も知らないわけで。







卒業生、来賓者、職員が見守る中行われた感動の卒業式は終わり、恒例の青春タイムまでも終わろうとしている。
これが本当の、元キャプテン、元エースから、現バスケ部キャプテンへ向けての別れの言葉だ。


「お前のいい所はまじめで、悪い所もまじめだ」

「言えてる」

「そんな事ないっすよー」

「…ま、俺らが心配するような事は絶対ないだろうけどな」

「それも言えてる」

「先輩達買いかぶり過ぎです」

「…泉水……今年こそは全国、制覇しろよ」

「これ先輩命令な」

「もー最後まで無茶言うんスからー……。はい、了解です」


ザァっと木々が揺れまだ肌寒い風がなびく。



「泉水、うちの高校選んでくれてありがとう。お前とバスケ出来たことは誇りだよ」

「やめてくださいよ大谷さん。俺の中でずっとあなたはキャプテンです。大学でバスケ辞めたとしても、ずっとキャプテンですよ」

「俺は?」

「キヨさんは、姫川のおかげで大人になりましたよね。良い先輩です」

「あいつ子どもだからな。俺も子どもだと成り立たん。あ、これ姫には内緒な」


ケラケラと笑って、間があって、なんだか寂しくなって。



「じゃあ…。これでほんとに最後だ。頑張れよ、泉水」

「大学でお前の活躍チェックしてるからなー」



「了解でーす」







また、風が吹いて、二人が、去って。






















4月になり、智希は3年生になった。
変わることのないと思っていた有志との関係が変わった高校2年生。

半年もすれば欲は薄くなるだろうと少しだけ思ってた。
しかしそれは全くの逆で。



「いってらっしゃい」

「いってきます」



ちゅっ、っと音を立てて唇を合わせる二つの影。
それはもう親子ではなく、完全に恋人である。

















「おはよー泉水」

「はよ」

「眠そうだな」

「んー」


昨日遅くまでヤってたからなー。


「宿題終わってないとか?」

「んーまぁーそのー……なんていうか」





クラスメイトの藤森と道中ばったり会い一緒に行くことになった。


思いが通じ合ってからの決まり事、次の日が学校または仕事の時は「挿入なし」の約束。
いつもは金曜日の夜から土曜日にかけて半日抱き合っている二人だが、希に「お許し」が出る。




昨日は最後までさせてくれた。
むしろ父さんから求めてきた。

なぜか。それはきっと…。

























「沙希、おはよう。今日から智希は高校三年生だよ。君がいなくなって15年が経ったね。君はやっぱり…天国で………」



















「昨日、母親の命日だったんだ」




























「怒ってるかな」

















有志の頬を流れる涙を拭う者は誰もいない。





























教室につくと見慣れた顔並み達に挨拶し、座席表を確認し席に座った。
友達の真藤があくびをしながら智希の席にやってきた。


対して話すこともないのか智希の前の席に座ると、再びあくびをしながらなんとなく質問をする。


「もう3年生かー。智はやっぱ大学推薦?」

「わからん」

「もう来てんだろ、スカウト」

「んー」


隠しているのか話すのが面倒なのか。
言葉を濁す智希に話を聞いていた周り全員が少し苛立ちを覚えた。



「今年も凄いらしいじゃん、バスケ部の入部希望」

「あーそれはなんか、今朝藤森から聞いた」

「入部希望3ケタってまじ?」

「それは流石にガセだろ」

「でも今年のうちの倍率凄かったらしいぜ。全部智希」

「全部なわけないじゃん」












昨年夏のインターハイでベスト4という成績をおさめたこの高校は、一気に名門校となった。
もちろん、大谷や清野、その他3年、2年の努力の結果である。

しかしやはり、この男がいたからこその、ベスト4なのだ。



MVPを取った男がこのバスケ部のキャプテン。













部活に行くとすぐ監督に呼ばれた。








「今年の特待生は一人だ」

「少ないですね」

「お前のおかげで獲得したいと思っていた奴等がこぞってうちに来たいと言ってくれたからな」

「ま、じ…スか」

「普通科でもお前とバスケをしたいとこの高校を選んだ後輩がたくさんいる。しっかりやれよ」

「……努力します」









「まじで。これ入部希望3ケタいってね?」

「あ。あいつ見たことある。雑誌で見たわ。まじか、普通科で来たのかよ」

「俺今年新入生じゃなくてよかったー」

「今年は女マネも凄いな」

「完璧泉水さんファンじゃん。バスケのルールとか知ってんのかよ」

「そういやどっかの部活が女マネが全然いないって怒ってたわ」





「…………はぁ」


















「どうしたんだ智希。今日そんな授業疲れた?」



授業自体は全然疲れなかった。
クラスのメンバーは変わらないし、授業も急に早くなったりしない。

問題は、部活だ。


「なんていうか…見えないプレッシャーが…」

「でも先輩が引退してからずっと智希キャプテンなんだろ?そんな疲れるもん?」

「新入部員50名と女マネ20人。合計70人相手してみる?」


「にゃっ…!」


思わず噛んだ。


茶碗がカタン、と音を立ててテーブルに転がる。
中身はあまり入っていなかったためこぼれ落ちる事はなかったが、有志は慌てて茶碗を拾いお茶を一気に飲み干す。

「私立とは言え少子化だろ?そんな生徒いたんだ…」

「ちょっとうちの高校バカにしてない?」


してないしてない、と苦笑しながらお箸を持ち直す有志。

雑誌やらテレビやらで大きく取り上げられるようになった智希は、その容姿に加え謙虚な姿勢で全国からファンが集まるようになった。
出待ちや、最近では町中で声をかけられる時もある。




すでに非公式でファンクラブが設立されたと風の噂で聞いたが、当人は聞かなかったことにしている。



「今そんなバスケブームなの?」

「………」


きょとん、と箸を進める有志を見つめ、その癒しのオーラに大きな溜め息をついた。


「父さん…今日は早く寝たい…」

「え、え。あ、その、今日はできれば何も……」

「一緒に寝てくれるだけでいいから」

「そ?じゃあご飯食べたらすぐお風呂入ってくるな」










まぁ…大丈夫だと思うけど…。

こう見えて父さんかなり嫉妬するからな。
変な女に付きまとわれて父さんを不安な目にあわせないよう気をつけないと。




ニッコリ笑いながらも黒く影を落とす息子に父親は気づかない。

息子も、その時父親がナニカに胸を押しつぶされそうになっていたことにも、気づかなかった。










「……なぁ智希」

「ん?」

「今年も…沙希の…一緒にお母さんのお墓参りに行こうな」

「…うん」


智希のベッドで、当たり前となった二人並び抱きつきながら寝る光景。
今日は早いうちに布団に入ったのでまで目がさえている。






母は俺が物心つく前に事故で亡くなった。

母は小学生の頃両親と弟を一度に亡くしているらしく、親戚もおらず天涯孤独だったらしい。

母が亡くなった時、誰もが骨は泉水家の墓に入れると思っていた。


だけど父さんはしなかった。


周りの反対を押し切り、半ば強引に九州にある母の両親と弟が眠る墓に埋葬することになった。



『お母さんが眠る場所はここって、お母さんが亡くなる前から約束してたんだよ』



10歳の夏休み、二人で行った母のお墓参りの時こっそり教えてくれた。

10歳の俺には意味がよくわからなかったけれど、きっと母は遺言として生前にそうしたいと言っていたのだと思う。

でも実家の墓に入りたがっていた、と言えば母の評判は悪くなるだろう。
父さんはきっと、それが耐えられなかったんだと思う。


だからその真意を誰にも言わず、母を実家の九州で眠らせる事にした。



と、そう思えるようになったのは、ある程度俺が大人になった時だった。



「今年もお盆は合宿とかで予定会わないだろうから、9月の連休に行こうか」

「うん。監督にもその事は言っておくよ。たぶん昨年同様気にするなって言ってくれると思う」

「ごめんな、お前キャプテンなのに」

「そこはキャプテンだとか関係ないよ。俺だって母さんが大事だもん」

「…うん」






昨年、有志と智希がこういう関係になって初めて墓参りに行った。

毎年日帰りなのだが、今年はゆっくり一泊しようという有志の提案で、近所の旅館に泊まることになった。





明け方、ふと目が覚めると智希の隣に有志がいない。
冷たくなってしまっている布団を手で触りながら時計を見ると午前4時。

トイレにしては長すぎると思い探しに行こうかと思った時、扉が開いた。


有志が帰ってきた。


しかし智希は帰ってきた有志に声をかける事ができなかった。






有志は昼に墓参りした時とは違う喪服を着ていた。





膝は土で汚れていた。













(また、今年も父さんは一人で母さんのお墓に行って謝り続けるのかな)












ぎゅうっと胸の奥が苦しくなる。

でも父さんはきっと、俺より苦しいんだ。




安堵するつもりの有志のぬくもりが、この日はひどく冷たく感じた。











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