姉の尊厳 | ナノ



 世の姉という生き物は、なべて重度のブラコンである。
 弟らが年を重ねるにつれ、よりかわいく、より苛めたくなるものだが、この濃く甘く煮つめたシロップのようにとろやかな愛情は、大概受け手の側には正しく認識されていない。姉性あふれる愛の重さは、いつも軽視されたり、不信に遭ったり、あるいは「ふざけんなオイこれのどこが愛だ都合よくパシってるだけじゃねえかこのブッサイク」、と日頃の恨み辛みのこもった罵詈雑言の餌食となる。しかし姉らはその年下ならではの虐げられ精神全開のいらえを歯牙にもかけず、鼻で笑って言い放つ。「うるせえさっさとアイス買ってこい童貞」。ぐぬぬと歯を食い縛り睨まれるもよし、セクハラと心外げに怒鳴られるもよし、冷えた目で盛大に引かれるもよし、日や歳や機嫌によって移り変わるそれらを眺めるのは、たいそう面白い。「わたしの弟がいっとうかわいい」、すべての姉らに通ずる見解は、永遠にその一念のみである。
 無論わたしの弟もすこぶるかわいい。なんといっても、高校一年生にもなって、一番好きな食べ物は苺である。苺そのものもさることながら、苺味とくれば新作のお菓子にはことごとく釣られ、ケーキでもアイスでも〈ザ・いちご〉と言わんばかりにピンク色のものばかりを選び、毎朝コンビニでこっそり紙パックのいちごミルクを買って学校にゆく。女子か。と言えば、いいじゃん好きなんだよ、と初恋でも話すときのような顔でもって小煩そうにそっぽを向く。そのへんの女子よりよっぽどかわいらしい。もちろんそんな心中の悶絶はおくびにも出さず、キモッ、と嘯いてちょくちょくからかいのネタにする。
 外見だって悪くはない。羨ましいくらい目がぱっちりしているし、笑うとくしゃっと快活げな印象になるのが、少年らしく軽やかでよい。ちょっと荒れやすい肌もよく日に焼けて、似合わない袴姿で弓道の弦をぴんと引く。昔は会う人みんなに「どっちがどっちかわからないわね」なんて言われるくらい、わたしとよく似ていた声のいろも、すっかり低くかすれ気味になった。それでも中学でやっとわたしの背を抜いたときには、実に嬉しそうなドヤ顔で寄ってきたので丸出しのおでこにちゅうしてやろうかと思ったし、初めてできた彼女に贈るネックレスを一緒に選んで欲しいなんて頼んできたときは、ついわしゃわしゃと頭をなでくりまわしてしまった。図体ばかりでかくなったって、それがどうした。減らず口ばっかり叩いてふてぶてしくて、碌にこちらの言うことも聞かない。そういう「かわいくなさ」がもう、かわいくっていとしくって仕様がないのだ。
 けれどもそれを彼らには言わない。「好きな子ほどいじめてしまう」ような年頃を過ぎても、鬱陶しいだの生意気だの喧嘩しちゃあ翌日にはけろりとしている時期を終えても、彼らが立ち止まったとき、素直に抱きしめてやりなどしない。代わりにまごつく背骨を蹴って、俯く後頭部にビンタをひとつ、早く行きなさいと笑うのだ。
 小学四年まで指しゃぶりの癖が直らなかったきみ、かっこつけて「姉貴」なんて呼んだかと思えばすぐ「姉ちゃん」に戻ったきみ、ゼルダの謎解きがわからなくてしょっちゅう泣きついてきたきみ、いつか他のだれかかわいいおんなのこのものになるきみ。そのときになってはじめて、わたしはきみをあいしていると言うだろう。そうしてきみの選んだ一生のひとに、きみをよろしくと言うだろう。
 それまでわたしはいちごのタルトばかりを土産に実家に帰り、唯一母より上手いと言われた豚キムチをつくり、バカだアホだと罵りパシり笑うのだ。
 姉とはそういう生き物である。


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お題にできそうなところがあれば抜き出してどうぞ
良識の範囲内でよろしくお願いします

130115

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