二十歳の手紙 | ナノ



 back number を教えてくれたのは越智くんだった。きーちゃんこういう歌詞すきだろ、とかなんとか言って。イヤフォンをつけながら改札を抜け、ゆうみの「遅れるかも」メールに「わたしも!」と返す。三人共とりわけ時間にルーズなわけではないのに、わたしたちがなにか約束をするとき、時間通りに集まったためしがない。
 越智くんは神奈川、ゆうみは埼玉、わたしは東京。月に一度か二度、百二十キロの距離の間をとって、渋谷あたりで会うことにしている。ご飯をたべたり、お酒を飲んだり、カラオケに行ったり、色々だ。たまに宅飲みもしたりする。二十歳の同窓会で再会して以来、なんとなくなんとなく、それがもう半年続いている。

「きーちゃん、これ約束してたやつ」
「え、なに、チーズケーキだ!」
「俺がおいしい店知ってるっつったら、食いつかれた」
「ありがとう一杯奢らせていただきます」
 小学校、中学校が一緒だった。それだけなのに、同窓会って不思議なものだ。狭い教室にいた頃は目も合わさなかったり、まともに話もしなかったような子と、まるで昨日の続きのように自然に話すことができる。グループだの派閥だの男女の溝だの、そういう面倒くさいフクザツが、最初から存在してなかったみたいに。
「で、最近どう」
「レポートやばい」
「バイトで死んでる」
「彼女と別れた」
 山盛りの軟骨揚げをつつく手が止まる。わたしとゆうみは顔を見合せ、そういえば危ないかもなんて言ってたね、と呟いてから、我慢ならなくなって噴き出した。
「わーいおめでとー!」
「これで全員独り者だね!」
「……ケーキ返せお前ら」
「ごめんなさい!」
 特別な話をしたことはない。家に帰れば忘れてるような、くだらない世間話とか、学校の愚痴とか、最近ハマったもののこととか。話半分、お手軽に聞くこともあれば、それなりにちゃんと相談に乗ることもある。
 ただ三人とも真面目なノリはまったく得意じゃないたちだから、たいていすぐにネタにされる。された方も、にやにやしながらもっとひどい皮肉を言ったりする。不思議と空気が悪くならないから、今はこれでいいと思っている。

「今日いくら?」
「ひとり四五。越智は三で」
「うわ、飲んだね」
「端数出すよ」
「だから次は飲み放にしよって」
「毎回言ってるな」
「誰が予約すんの」
「任せた」
「任せた」
「任せた」
「おい」
 わたしたちが別れる時間は早い。遅くて十一時とか、そのくらい。それだって二人の距離を考えれば、ほぼ終電になってしまう。さもなきゃオールだ。一度終電を逃したゆうみに付き合って朝まで時間を潰したら、越智くんはボックス席で思い切り寝過ごして、必修の一限に出られなかったらしい。ついでに提出期限だったわたしのレポートも犠牲になって、先生に徹夜明けの頭を下げる羽目になった。

「木下さんって瀬田のこと好きなんだと思ってた」
 ちがうよ、と言えなかった。中学に入ってすぐのことだ。昼休み。越智くんもゆうみも同じクラスで、瀬田は隣のクラスで、家が近くて、選択授業だけが一緒だった。ちょっと越智くん、慌てたようにまだ髪を伸ばしていた頃のゆうみが言う。越智くんは周りの注目に気づいた途端、あ、なんて顔をしてもごもごと謝った。そんな態度とったら余計誤解されるなあと思ったけれど、思っただけだった。そうしてわたしの中のどこかに刺さって抜けなくなった。
 噂は結構な範囲に広まったようで、部の先輩にまで「最近どう」なんて言われたりした。どうもこうもないから、やっぱりなにも言えなかった。中学生なんて色んなことに興味津々のくせに、次の日にはころっと矛先が変わっているもので、進展のない噂は七十五日も持たなかった。でも当人にしたらそんなことはなかったらしく、俺おまえのこと好きじゃないけど、なんてメールが瀬田から来た。わざわざ誰かにアドレスを聞いたらしい。返事もせずに消して、次の日家庭科室ですこし泣いた。越智くんとはそれきり話さないまま卒業した。

 せっかく土日だし、と駄々を捏ねたゆうみがコンビニでアイスを買いたがったから、結局別れたのは日付の変わりそうな時間だった。テンションの高いゆうみを改札の向こうに押し込み、越智くんに託す。ゆうみは別の友達の家に泊まる予定らしい。
 深夜の山手線に運ばれながら、携帯を見る。メールが二通。「今度はまたきーちゃん家ね」「次はきーちゃんがゆうみの面倒見ろよ」。当たり前のような前提がそこにあって、瞼の裏がすこし滲んだ。

 わたしたちは、上手く大人になれているだろうか。
 言葉や仕草をすこしはきちんと使えるようになって、お互いちょうどいい距離を見つけるのに、五年かかった。でもいくらしっかり成長した気でいたって、これから先も、なにかのはずみで深く抉ってしまったり、余計な棘を刺してしまったりする日はくるんだろう。
 だけどその度、うんざりするくらい鋭利な刃は、わたしたちの涙で錆びついて、まるく研がれて、いつか不用意に触れても傷つかずに済むようになってくれることを、三人ともちゃんと知っている。十年先か二十年先か、その頃には今の関係とは違う、全然別のなにかになってしまっているかもしれないし、こんなに近いところには、いられなくなっているかもしれないけれど。
 擦り減らした分だけ、消耗した分だけ、どうにかこうにか、言葉ひとつで間に合わせて、いつでもいつまでも会えたらいいのに、と思った。


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お題にできそうなところがあれば抜き出してどうぞ
良識の範囲内でよろしくお願いします

120624

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