桜の誓い 〜『夢への誘い』様より







狂った様に咲き誇る大きな桜を囲む様に配置された赤い敷布には鮮やかな着物で着飾った貴族や華族、一段高く作られた場所には宮族の姿も見られた。

帝都でも一番大きいと思われる桜があるのは四季折々の木々の植えられた大きな庭園の一画で、今は桜の宴の真っ只中だ。


「なんで俺がこんな事を…」
「親孝行だと思え」
「るっせ、この変態鬼畜贔屓眼鏡野郎めっ!ってか親孝行とか止めれっ」


ワゴン車の上に取り付けられたアンテナが庭園中の防犯用カメラの映像情報をキャッチして小さなモニターに写し出す。ノイズ混じりの会話がヘッドホンから聞こえカゲミツの鼓膜を揺らした。


貴族華族の会話なんか金と見栄の話しばかりで聞くに耐えらんねぇ…


カゲミツはダイヤルを少しずつ動かしながら上手い具合にノイズを弱め、ある程度の鮮明な音が拾えるまでに調節するとヘッドホンを外した。そしてヘッドホンをキヨタカに押し付ける様に渡すとワゴン車を出て行ってしまった。



《イチジョウ カゲミツ》、本来はアチラの宴に参列するべき立場である。イチジョウ家の嫡男であり、西洋人形と吟われた程の華やかさは今も健在で、乱暴な口調と繊細ではない態度や常にツナギという出で立ちでもソレは色褪せない。
時々垣間見せる気品等ははやり育ちの良さから来るモノなのだろう…




そんなカゲミツがワゴン車から出ていき、やれやれと首を振ったキヨタカは耳に当てたヘッドホンから聞こえてきた貴族達の華やかで賑やかな笑い声や談笑に僅かながらにウンザリと肩を落とす。が、次に聞こえてきた会話にゆるりと微笑した。


宮家が主催のこの宴に宮家から隠れているヒカルを同行させるワケにはいかない。
よって今回の任務はカゲミツとオミが諜報部隊として任に就く予定だったのだが…オミにしたら貴族華族は皆親の仇、しかも深い闇の様な黒い怒りがオミの中にまだ存在している。「平気だよ」と笑ったオミは一度は任務に就こうとしたのだがソレをカゲミツは止めた。

信用していないワケではない。もうオミがテロ行為に身を投じないのはわかっているが…目の前にいる親の仇達を護衛するなんて、オミが辛いだろうと思ったから―――

ソレがカゲミツなりの優しさだとわかっているからオミもソレ頷き、この任務には参加しなかった。

よって必然的にカゲミツとキヨタカが諜報任務についたのだ。


一際強い風に吹かれ桜の枝がしなり、残りの桜を雨の様に降らす。

はらはら、はらはら…



「あっ、カゲミツ!」
「…………タマキってか、お前酒飲んだのかよ?」


ワゴンから離れカゲミツは一本の桜を見上げていたのだが、自分を呼ぶ愛しい人の声に視線を桜からソチラへ向けた。

桜吹雪の中でブンブンと手を振るタマキの目元がほんのりと赤い。ふへへ…とにやける様に笑うタマキからは少しだがアルコールの香りがした。

任務遂行。責任感と正義感、ソレが任務中のJ部隊リーダーであるタマキの全てと言ってもいい。

なのに今のタマキはふにゃんと弛く笑ってカゲミツを見つめている。まるで二人きりの甘えたなタマキだ。


「だってさぁ、オトウサンが勧めるから断れないだろぉ?」
「オトウサン?」


舌っ足らずな発音で《オトウサン》と言ったタマキはなんだか照れているようで、酒の酔いとは違う熱を頬に灯している。

その様がなんとも…艶っぽい。


「カゲミツの親父さんは俺のオトウサン、だろ?」
「…俺の親父?」


キュッとカゲミツの繋ぎを掴んだらタマキは若干上目使いにカゲミツを熱っぽい両眸に写した。


「俺、嬉しくてさ?だって大好きな人の親父さんに息子みたいなもんだなんて言われて、そんで勧められた酒を飲んだんだけど…」
「…親父がそんな事を?タマキ?」


ポテリとカゲミツの肩口に額を押し付けたタマキ。

肩口からいつもより高いタマキの体温を感じる。


もしかして…


「タマキ来い」
「……ふぇ?」


フラフラのタマキの手をひいてワゴンに戻ったカゲミツはワゴンの中のキヨタカを追い出してからタマキをワゴンに押し込む。

そして簡易ベッドを広げた。


「カゲミツ?」
「寝てろよ、タマキ」
「え?でも俺任務中だし…」
「その状態でか?」


戸惑うタマキを少しだけキツメの目付きで見据えたカゲミツはそのまま強引にタマキを簡易ベッドに押し倒した。


「今朝、風邪薬飲んでただろ?」
「………ぁ、うん」
「風邪薬飲んで酒飲むと酔いが尋常じゃなく回んだよ」


「馬鹿親父が…」と呟いたカゲミツにタマキはゆっくりと首を左右に振った。


「オトウサンは悪くないよ。俺が飲んだんだから」
「でもよ…」
「カゲミツの親父さんは俺のオトウサンだから。やっぱり息子としては親父と肩並べて酒を酌み交わすとか…夢だろ?」


ニコッと笑ったタマキの髪をカゲミツは優しく撫でてやる。そして綺麗に笑った。


「そっか。…でも今は寝てろ。タマキの代わりは俺がするから。俺だってJ部隊だし、少しくらいなら銃だって扱えるから」
「………カゲミツ。ん、わかった」


やはり具合が悪かったのか、タマキはいつもより気怠そうにニコッと笑うとそのまま目を閉じた。

暫くするとタマキはスースーと寝息を発て眠った。


そんなタマキの頬にキスを1つ…


「行くのか?」
「あぁ」


ワゴンに寄りかかっていたキヨタカはワゴンから出てきたカゲミツを眼鏡越しに見つめた。


「ようやく決心がついたってトコか?」
「るっせっつーの」


何か吹っ切った様に見えるカゲミツの肩をキヨタカは一回だけタップしてワゴンに乗り込んだ。

パタリとしまったワゴンのドアを確認したカゲミツは


うっし、行くかっ!


パンっと自らの頬に渇を入れ、桜吹雪の中を早足で歩いていく。


親父と酒なんて考えた事なかったけど、ソレをタマキが望むなら………



          〜fin〜



追記
2014/04/01


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