恋、始めました   〜『夢への誘い』様より






スカイブルーとグレーのコントラスト。
階下に広がる人の波。
固く冷たいコンクリートに寝そべって都会の弱い太陽を浴びる。

キラキラと降る光の先にゆっくりゆっくりと流れていく白い雲が風を受けては形を変えて行く。


この先にサヤはいるのかな


サヤのいる空から俺はどんな風に見えるだろうか。こんな風に心臓に爆弾を取り付けられてまで生に執着する俺を…

サヤが逝ってしまい遺された俺。あのまま闇の中に消える事を願った俺に手を差し伸べて光の中に引っ張り上げたのは誰だった?


ミーティングルームのあるビルの屋上の給水タンクの上に登ってブラブラと足をさせていると良く見知った姿が2つ向かい合っていた。


アレは………


生暖かい風が癖のある黒髪を揺らし、黄金より鮮やかな金が太陽を受けてキラキラと輝く。

ココからは何も聞こえない。
けれど二人が何をしているか、この後何が起きるかを想像するのは容易い事だった。

案の定、黒髪の青年が勢い良く頭を下げて、金髪の青年が項垂れた。


…あぁ、やっぱりね。
負け戦とかアイツらしいよね。
アレでしょ?ケジメが欲しかったとか、そうゆう勝手なヤツ。
だいたいそんな苦しそうな顔すんなら気持ちなんか告げる事ないのに


どちらともなく互いに差し出した手を重ねた後にぎこちなく笑顔を交わした二人。それから直ぐに黒髪の青年は屋上から出ていき金髪の青年が取り残された。

悲しそうに握手を交わした手を見つめ、ギュウッとソレを握り締めてからフッと弛く笑う。


「フラれてやんの」
「えっ、オ…オミ!お前イツから…」


ピョイっと給水タンクから飛び降りたオミはニヤニヤしながらカゲミツに歩み寄る。
そして、丁度タマキが立っていた場所で立ち止まると上半身だけカゲミツとの距離を積めた。


「言っとくけど、俺のが先客だったんだからね。カゲミツ達が後から来て、告白タイムショーを始めたんだよ。悲恋の、ね」


スッと薄い唇を左右に引き伸ばしたオミ。


《悲恋》と言われて失恋した事を改めて痛感したカゲミツ。
無意識に目元がうっすらと赤くなり若干熱を感じた。


「テメーは人の失恋を笑いに来たのか?それとも傷口に塩を塗りたくりに来たのか?」
「どっちも違うよ、そんなヤボな事なんかしないし」


うっすらと涙の膜が貼った目を三角にしたカゲミツは涼しい顔で自分を見ているオミに噛み付く。
そんなオミは大きく一歩踏み出してカゲミツとの距離を息の感じる程の距離迄縮めた。


「教えてあげようと思ってね」
「教える?お前が俺にか?」
「うん!俺がカゲミツに」


オミの薄茶色の瞳の中に嫌そうに眉間にシワを寄せるカゲミツ。
カゲミツの琥珀色の瞳の中には悪戯な笑みを浮かべたオミがいる。


後数センチ近づけば吐息を感じる程の距離まで顔を近づけたオミはカゲミツの胸に人指し指をつき当てた。


「オミ?」
「カゲミツのココにいるのはタマキじゃない、俺だよ。今も昔もずっとね」
「なっ!そんな…」
「なら、なんでこの仕事に就いたのさ?」
「それは…」


オミの言葉にグッと行き詰まる。

あの家を出たかった、広い世界を見たかった。それは決して嘘ではない。だから不本意ながらも差し出してくれたキヨタカの手を自らにぎったのだ。

でも…
ソレだけじゃなかったのも事実。

あの事件の後、何も告げずに消息を絶ってしまったオミ。どんなに邪険に扱っても冷たくあしらっても話しかけてきた、気さくで優しいオミ。そんなオミの父親が横領なんてするハズがないと思ったし、信じていた。
だから自分の父親に尋ねたりしたが、どうやら華族間では既にタブーになっていたフジナミ横領事件については何も聞けずじまいだった。

こうなるとソレなりの場所で調べる必要があって、けれどあの頃の自分にはそんな力も能力もなかった。

だからヒカルの仕事を手伝いながら死にもの狂いでハッキングスキルを磨き、調べそして知った事実。

そして、最悪の再会。

敵同士になってしまったカゲミツとオミ。

あの時の冷たい微笑を思い出す度に今でもゾクリと背筋が凍る、ソレほどに変わってしまったオミに悲しくなって、悔しくなって思わずスパロウと名乗った敵の名を呼んだ。

…数年ぶりに、友の名を。


「取り返してやりたかった、お前の笑顔を…」
「俺の?カゲミツがどうやってさ?」
「そんなの分かんねえけど、ソレでも…俺はお前の、オミのあの屈託ねえ人懐っこい笑顔が好きだった、んだと思う」
「へえ」


真っ赤になって俯くカゲミツにもう一歩近づいたオミは唇をカゲミツの耳に触れさせながら囁く。


「カゲミツさ、同じ事をタマキにも言っただろ?結局、カゲミツはタマキに俺を重ねて想ってただけって事だよね?」
「違っ!俺は真剣にタマキの事をっ」
「ふぅん…」


ヒヤリと冷たいオミの指先がカゲミツの少し熱を持った腕に触れ、カリッと爪で引っ掛かれる。

普段外気に晒されないカゲミツの手首にうっすらと爪痕が残り、いつもあるリストバンドがオミの指先にでプラプラと弄ばれていた。


「…返せよ」
「ヤダね」


ユラユラ揺れるリストバンドに意識が集中する。今手を伸ばせばオミの思うつぼだろう。きっとイツカの様に勢いのままに唇を奪われてしまう、かもしれない。

カゲミツはオミの動きに注意しながらリストバンドを見つめた。


「やっぱりカゲミツはバカだね」
「んだとっ」


やれやれと呆れた顔をしたオミにカゲミツは睨みを効かすがオミにすれば大した威圧感もないらしい。

クスクスと笑った後にリストバンドを弄ぶ手とは反対側の手を伸ばし素早くカゲミツの手首を掴み自分に引き寄せた。


ッ、キスされるっ!!


思わず身構えて固く目を閉じたカゲミツは次に自分に訪れるであろう柔らかな感触を覚悟した。


「痛ッ」


感じたのは思ってもいなかったチクリと射す様な傷み。
恐る恐る目を開けたカゲミツはキッとオミを睨み付ける、が次の瞬間には言葉を飲み込む事になった。


ソレは痛み走ったヵ所から唇を離したオミがその場所を愛おしげに、まるで親犬が仔犬の毛ずくろいをする様にペロペロと舌を這わせ、カゲミツと目が遭うとなんとも言えない色っぽい目で微笑したからだ。


「ヤメッ、オミ…」


このまま、
このまま唇だけでなく身体までも奪われてしまうのではないかと思ってしまう程の愛撫に一気に熱が集中する。

でもオミはソレ以上の事をする事はなく、あっさりと掴んでいた手首を放した。

そして見つけた…


「オミッ!テメーはっ」
「何怒ってんの?感じてたくせに。もっとエロいトコまで期待しちゃってたとか?」
「かっ感じてなんかねぇわっ!エロいとか言うなっ!お前が言うと冗談に聞こえねえからっ」


熱の籠った手首を反対側の手で掴んだカゲミツはソレを抱え込むようにしながら真っ赤な顔でオミを弱々しく睨んだ。


「冗談なんかじゃないよ?カゲミツが望むなら俺はカゲミツを愛してあげる。心も身体も、ね!俺はドッチもイケルからカゲミツが望むなら俺の全てをカゲミツにあげるよ?」


オミのあの妖艶な微笑にカゲミツは息を飲む。


あの屈託のない優しい笑顔の幼い少年はソコにはいない。
けれど、確かにオミはココに居て、そしてまたカゲミツに微笑んでいる。


「いきなり愛せとか言われても簡単には出来ねえだろ?」
「カゲミツ?」


相変わらず真っ赤なカゲミツがポツリと呟く。

あの頃と変わらない照れた時に見せるカゲミツの癖にオミの胸がキュンと跳ねた。


「だけど、あの頃に戻れもしねえ。だから…」
「だから?」
「まずは恋する事から始めさせて欲しい」
「コイスルコトって…何それっ!カゲミツ乙女ッ」
「うるせえよっ!笑うなっ!ってかテメーはそのまま笑い死ね!」


自分なりに必死に考えて出した答え。必死に探して紡ぎだした言葉をオミに爆笑されたカゲミッ。


「だって、だって…恋とか、始めるとか」
「なんだよっ!」
「相変わらず可愛いいと思ってね」
「可愛いいとか嬉しくねえ!バカにしてんだろっ」


ふいっとオミから視線を反らしたカゲミツにオミはフッっ笑いを漏らす。

そして踵を返すと出入り口のドアを大きく開け立ち止まった。


「あのさ、カゲミツ?」
「んだよっ!」


振り向かないオミの背中を睨みながらカゲミツはオミの次の言葉を待った。


「もう俺達の恋は始まってるよ」
「はあ?」
「少し考えてよ?」
「どうゆう意味だよっ!ちょっ、オミ!待てよ!オミッ!!」


振り返る事なくテンテンとオミは滑る様に階段を降りて行く。


フイに下げた視線の先に見つけたオミの置き土産にカゲミツはカッと頬に熱が乗り、ソレを誤魔化す様にガシガシと頭を掻きむしった。


「こんなモン残しやがって…」


小さな小さな鬱血痕。
オミが着けた所有の印。


足元に転がっていたリストバンドを拾うとカゲミツはソレを隠す様に腕を通す。

そして、そっとリストバンドに唇を押し当てた。


布越しのキスにオミの言葉を思いだしカゲミツは小さく舌打ちをした。



「乙女で悪かったなっ!」


けれど、
今から、今さら恋を始める自分にはこんなキスが似合うと思う。

『好き』と伝えるのはまだ少し先にさせて欲しい。


今から『恋』を始めよう。
いつか『愛』に変わるから…


きっとその時は
そう遠くない気がする。


     〜fin〜




追記
2014/04/01


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