サジタリウスに恋をして



「なんだ、いたのか」

にゃぁあ、と可愛らしい媚びるような甘い猫の声。
とてとてと足元へすり寄り、背伸びをするように身を伸ばす。
動物は好きだった。
裏表がなく、騙したり騙されたり。そんな賭事めいたことはしないし、誰もかれも本能のままに行動する。
善悪の定義なんてものはなく。そこにはただ、生きるか死ぬかしかない――所謂素直なのだ。動物は皆。
しかしその中でも人間という生き物は、一見無秩序の中で生活していると見せかけて、本当は秩序と良心に埋もれた世界に生きている。普通(善)を信じ、普通じゃないこと(悪)を嫌い、ただ群集に流されるだけの愚かな生き物だ。
頭を大きく撫で、顎の下をくすぐってやると嬉しそうな声を出す。
私の手にするりと身体を撫でつけ、もっと撫でろと催促する猫の背を柔らかく叩いた。

雲一つない深い夜空だった。
満月に魅せられたようにふらりとバルコニーへ足を向けた。
頭上には爛々と星が瞬いている。だが、この都会の灯りにかき消され、きっと本来の百分の一も見えていないだろう。私が見ているのは、そんなまやかしの星たちだ。
……だからだろうか。こんなに苦しくなるのは。
月は元来不思議な力を持っていると聞く。
その姿に魅入られ、決断を鈍らせ、魂をあちらへやる者も今の夜には多い。私もその中の一人なのかもしれない、そう思い笑う。
宙にグラスを傾け相手のいない乾杯する。

「お前の目には、この世界はどう写っている?」

――ふにゃあ

欠伸と共に眠そうな鳴き声で返事をした猫は、相手をしてくれないことを悟ったのか、私の足へ絡んでいたことに飽きたのか、部屋の中へと消えた。
そうだよな、お前に聞いても仕方ないか、とぼやきを落とし、ふらりと揺れた尻尾の残存を視線の端に入れつつ目を瞑った。

外を知らない飼い猫は、幸せなのだろうか。何も知らないことは不幸せなのだろうか。
知って良いことなど何もないというのに、人間という生き物は誰もが真相を知りたがる。
お前は、どうだろうな……その呟きが届いたか判らない。そのときはもう、小さな相棒はベッドの定位置で丸くなっているはずだから。

毎夜繰り返される追いかけっこに、正直飽き飽きしていたのは事実だ。
どうして判らない、と何度思っただろう。一度は彼らを信じようとした、だが奴らに説明したところで所詮は無駄なのだ、と諦めたのはもう覚えていないほど前なような気がする。
正義に振り回され、国の見せ物と化したヒーローたち。くすりと笑ってしまう。己の信念が弱いから振り回され、そして傷付くのだ。
明日の世界と明後日の世界を融合してみたら何ができるのか、などと答えのない問いを自問自答しながら、世界を一望できる場所に、私は立っている。
恐怖感は思ったほどない。ともすればこの世界まるごとを敵に回すというのに、恐れは感じられなかった。



まぶたを開くと、星たちが頭上高くに鎮座している。
手を伸ばしても届かない。枯らすほどに、声を張り上げても、彼らは私に見向きもせず、ただ光り続けている存在者だ。
心臓が刺し貫かれたように痛んだ。
ああ、そうか。
きっとこれは恋だ、と思った。
きっと私はこの星空に恋をしたんだ。一生叶うことのない恋だ。
そこにただ存在し続けるだけのもの。己の在り方を変えず、周りに流れもせず、無限にあるもの。そんな存在が、私は恋しかった。
射抜かれた心臓は、鼓動を止め、私はそこから生命を溢れさせながら、やがて死に絶えるのだろう。
それはなんと、幸福なことだろうか。
私の愛は正義に捧げ(一生を使っても使い切れないほどの愛を私は持っている)、恋はこの夜空に預ける(この光が、たとえまやかしの光だとしても)。
憧れ続け、切望するには、星空は容易い存在だった。



星は一方的な誓いを立てた私を、静かに見下ろしている。
いつまでも、かわらない慈愛に満ちた光で。


――星に、恋をした。




***

企画:theMOONさま
お題:青さま

ユーリさんと猫の組み合わせが大好きなので、独白として書かせていただきました。
これからもユーリさんの作品が増えることを祈って!
流史拝

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