君のことを想うと、針に糸を通すようにじれったくて、苦しくて。
その進まない関係にぽんっと軽く背中を押してあげたくなった。
『スマイル』title by あずさん
「ルカちゃんはチョコレート好き?」
休日の昼下がりに彼女がWest Beachにいることが多くなったことはつい最近のことだった。
俺らがきちんと食べているのかを心配してわざわざごはんを作りにやってくる。もちろん、来てくれるのはうれしいがそんなことをさせてしまっている俺ら兄弟が虚しくも思う。
お昼を作りにきて、夕食のおかずも作り置きして、ゆっくりとした時間を過ごして家に帰っていく。それが彼女のパターン。
幸運なことに今日はコウがバイトでいない。
だからだろう。彼女が「彼が喜ぶチョコレート」なんてタイトルの本をカウンターで広げて真剣に読んでいるのは。
ふたりきりで過ごせるはずの時間がこれじゃアンラッキーだ。
チョコレート、好き?なんて質問はこの季節を考えたらなんとも馬鹿げた質問でしかない。
彼女からの本命チョコレートなら天にも昇れる気持ちだけれど、横で堂々と本を広げられているところから考えるに義理チョコに違いないだろう。
コウなら「甘いもんは苦手だ」と言いかねないが。
「ルカちゃん、聞いてる?」
「あぁ、食べるよ。コウは分からないけど」
うーん。と唸りながら何やら考える込んでいる彼女はとても可愛くて見ているだけで幸せな気分になれた。
回り道が好きな彼女。
直接聞けない気持ちが分からなくもないけれど。
「コウに聞いてみなよ」
「うん、そうだよね」
彼女の気の抜けた返事と「当日まで内緒にしたいんだけどな」という本音が聞こえた。
だから背中を押したくなるんだ。君の幸せは目の前にあることを知っているから。僅かな春風さえ吹けばいとも簡単にくっついてしまう距離のふたりを見守るのがいじらしくなったから。
「コウちゃんいっぱいもらうのかな」
彼女の中心はいつもコウで。
まるでコウを中心に世界が廻っているみたいで。
俺の入る余地すら与えられていなくて悔しくて時々意地悪をしたくなるんだ。
「受け取らないと思うよ。コウが想っている以外の人からは」
「ほぇ、コウちゃん、好きな人いるの!?」
彼女の鈍感さがここまで重症だと、ため息すら出てこない。
「そうじゃなくて。単純明快なのに悩みすぎだって」
彼女の目には涙が浮かんでいる。
「ルカちゃんの言いたいこと単純でも明快でもなんでもないよ」
「はい、はい。分かったから泣かない、泣かない」
泣いている子どもを宥める母親のように彼女の髪を撫でた。
「泣いてないもん」
目尻を指で拭いながら反抗したところで何の意味もないと彼女は気付いているのだろうか。
「あ」
彼女がコウちゃんと言うのが早かったか、コウがさっと目を反らしたが早かったのか。
「来てたんか」
バイクの鍵をカウンターに置くと、コウが口を開いた。
「うん」
明らかによそよそしい態度のふたりを交互に眺めて、やっぱり恋は分からないなと思った。
互いに想っているのにどうしてこんなにも違うベクトルに向いてしまうのだろう。
「ルカになんかされたのか?」
どうしてそこで俺の名前が出て来るのか。コウの脳内を見る能力があったとしても理解することは不可能だ。
「違うよ、違う」
本を裏返して、コウから見えないように遠ざけて彼女は首を振った。
「なら、いい」
コウは彼女の頭にぽん、と手を乗せると、螺旋階段に足を進めた。
困ったお兄ちゃんとお姉ちゃんだ。
「バレンタインにチョコをあげたいんだって」
「ぁあ?」
「ルカちゃん!」
彼女が慌てて止めようとするのを目線で牽制して、一気に続ける。
「コウが好きなチョコを、コウだけにあげたいんだって」
完全に固まったコウと赤くなった顔を隠すように俯く彼女の様子が可笑しくて、ひとり笑った。
先に口を開くのはどっちだろうか。
「あのね、もしねコウちゃんが食べたいチョコあったら作りたいの」
「お前から貰えればなんでもいい。ちゃんと食う」
ここまでお膳立てしてあげれば、もう役目はないだろう。
これ以上何もしてあげられない。
「俺への義理チョコも忘れないでよ」
単にチョコレートをあげる日じゃなくて、気持ちを伝え合う日だから。
感謝も、愛も、伝えられない想いを渡す日。
それが、きっとバレンタイン。
fin.
◆リクエスト
親友コウバンビの切な甘い話
嫉妬で悶々としちゃう兄貴。
見かねた琉夏がチョコ渡すときに一肌ぬいで、大団円!
お二人から頂いたリクエストを合体させちゃいました。
本来ならちゃんと別々に書けるとよかったんですけど……
20120214