どん、とお腹に大きな鉄球を乗せたような痛みがじりじりと止まることなく伝わってくる。


half moon


「それ」が、消えたかと思って安心して息を小さく吐くと、痛みが弱みに付け込むように大急ぎで戻ってくる。
そんなことの繰り返しで、時間はなかなか進まない。
時計が遅れているのか、もしくはこの空間だけ時の流れが止まっているのかもしれない。
そんなありもしないことが痛みに攻撃されている今では、現実的に感じた。

私の意志とは全く別の場所で管理されている「それ」をもし、完璧にコントロールすることが出来たら、世界中の女の子は幸せになれると思う。
薬のCMが頭の中で流れる。
それでは、「この薬を飲んだらたちまち痛みが消えてなくなる!痛みにバイバイ」が宣伝文句だった。
けれど、そんな簡単に痛みは消え去ってくれそうにない。


その薬を飲んできたのに、な。
効いているのか分からない。
きっと、痛みも薬に負けまいと必死なのかな。

女の子しか知らない痛みに耐えながら、英語の授業を聞き流す。
授業に集中する気力が痛み対策に総動員されていて、先生の英語はまともに耳に入ってこない。
板書をするふりをしながらノートに描いた、へんてこなキャラクターが幾つもこっちを見ている。
泣いているのか、怒っているのか、笑っているのか分からないキャラクターだらけのノートを見てなんだか悲しくなった。
あとで、ノート借りなくちゃ。



授業が終わったらお昼休みになるから、そのときにまた薬を飲もう。
本当は薬慣れしてたくないから頼りたくないけれど、授業内容が頭に入ってこないことのほうがテスト前になって困ることになる。
それだけはどうしても避けたい。
お腹であってお腹でない。
自分でも説明しにくい痛みが手の届かない奥深い場所で確実にうごめいている。

ぐぅ、と強く膝を抱え、そのままごろん、と転がっていきたいような。
坂道を全力疾走で下りてきてそのまま高くジャンプをしたいような。

今ならラブソングを聞いても号泣できる。そんなふわふわとした曖昧な気持ち。

薬が効かない状態も痛みに負けそうになっている自分も嫌だ。
気持ちまでも負けそうになっている。

隣の席の人に気付かれないよう、下腹部にそっと左手を置いた。

「痛いの、痛いの飛んでいけ」気休めにしかならない呪文を心の中で唱えると、まるで私が世界で一番不幸なのよ。と誰かに自慢している気分になって、余計に苦しくなった。

教室の一番後ろ。
クジ引きで決まったこの席のいい点は、こんなときに気付かれにくいこと。
悪い点は、黒板が少し見えにくいこと。

そして、好きな人の背中に無意識に視線がいくこと。
その大きな背中を見るだけでうれしくて、心の中で笑う。
たったそれだけで、毎日の授業が楽しくなった。
でも、それで期末試験の結果が落ちていたらなんて言い訳をしようかな。


後ろの席からの景色はいつもと変わらない。寝てる人に手紙のやり取りをしてる人、教室をぐるりと見回すと、コウちゃんと目が合った。

自然と、目が合ったわけではない。

コウちゃんは振り返って私の方をじっと見ている。
それにつられて私も後ろを振り返ってみるけれど、誰がいるということはなかった。
身体の向きを正面に戻し、そっとコウちゃんの方を眺める。
え、何で。
やっぱりまだ見られていて、鋭い視線を全身で感じた。


数日前に観たネイチャー番組のアフリカにいるライオンの眼を思い出して、とっさに目を反らしてしまった。
何か怒ってる?


「おい、行くぞ」
「えっ、ちょっと」

チャイムが鳴り終わる前に、コウちゃんは勢いよく私の席へと近付いて来た。
その勢いのまま腕を引っ張られ、立ち上がるしかなかった。
クラスメイトが呆気に取られているのが横目で分かった。
開いたままのノートに書かれた変なキャラクター達がこっちを向いて笑っているように見える。


「えっ、あ、教科書しまってないし、それにお弁当……」
「黙ってねぇと、担いでいくぞ」


言葉はいつもより荒く、歩くスピードはいつもより格段に遅い。
手首を握られ引っ張られながらもコウちゃんに続いて歩く。

やっぱり私、コウちゃんに何かしたのかなぁ、と午前中までを思い返してみても何も思い当たることはなくて、階段を下りるコウちゃんの背中に黙って付いてくしかなかった。


「お前、調子良くないだろ」
「ふへっ、気付いてたの……」

気付かれていたことの驚きよりも恥ずかしさのほうが勝った。
本音を言うと気付いて欲しくなかったから。


「やっぱりな、早く言え、馬鹿」


馬鹿、じゃないもん。口だけ動かして、心で言った。
階段を降りた廊下の保健室の前でコウちゃんの足が止まる。
その視線の先、保健室のドアには「出張中」の札が掛けられている。

「保健の先生今日いないみたいだね…」
「そうみてぇだな」
「私は大丈夫だから、教室戻ってお昼にしよう?ね?」
「いねぇほうが、都合がいい……鍵の場所ぐらい調べがついてんだ、エアコン・ベッド付きとなりゃ、サボりのメッカになんだろ。ま、使ってんのは俺ぐらいだろうけどよ」


そう言うとコウちゃんは廊下にある教師用ロッカーを乱暴に開けた。

「ほらな」

年季の入った鍵をゆらゆらと取り出し、不敵にコウちゃんは笑った。

「先生のロッカーって普通鍵かかってるんじゃないの?」
「物置代わりのロッカーに入れてんだ」
「へぇ、あ、感心しちゃった。……そんなことを調べる余裕があるなら、きちんと授業に出てください」
「まぁ、早く入れ」


保健室の鍵を開けたコウちゃんに急かすように背中を押された。

白いを基調としたこの部屋は、学校のどこの教室の空気とも違って居心地が悪い。
それに、消毒液の匂いは幼い頃泣きながら打たれた注射を思い出すから何となく苦手だった。


「誰か来たらめんどうだから電気は付けねぇぞ。明るいから必要ねぇよな」
「う、うん」
「薬、飲むんか?探せばあんだろ」

薬品が入っている棚を顎で指した。

「あ、ううん。何か気が紛れて痛み感じてなかったから大丈夫。それにお昼食べてからじゃないと……」
「なら、弁当取り行ってくっから休んでろ」
「あっ……でもひとりでここにいるほうが嫌かな」
「ったく」


古びたソファにどかりと座ったコウちゃんは呆れるように吐いたため息を私は悪さをして怒られている子どものみたいに立って聞いていた。

「暖かくして寝てれば良くなるよ。……病気じゃないもん」
「んな青い顔してれば病気だろ…寝てりゃあ、治んだな。じゃ、こっちだ」

部屋に備え付けられている鏡に目をやると、確かに青白い自分の顔が力なさげに映っている。

コウちゃんはパーテーションとカーテンで区切られたベッドスペースに進んで行くのを数歩離れて見つめる。

「コウちゃん、寝るの?」

「お前とな」


コウちゃんは3つ並んだベッドの手前のベッドの掛け布団をめくり、腰掛けると、隣に空いたスペースをぽんぽんと叩く。

「えっ、あの、コウちゃん?」
「安心しろ、一緒に寝るだけだ。健全にな」
「で、でも……」
「早く来ねぇと、こっちから行くぞ」

数歩の距離を少しでも埋めるようにコウちゃんは両手を大きく広げる。
ジッと睨まれる。視線を離したいのに離せない。
真剣な眼差しコウちゃんの目の力に吸い込まれるように、自然と身体がコウちゃんのほうへと引っ張られていった。

コウちゃんの目の前の位置まで歩いていくと、急に手首を掴まれそのまま引っ張られた。
不安定な体勢に戸惑っていると耳元で「上着脱がねぇと皺になるぞ」と低音の声が脳内に響いた。

あっさりとコウちゃんに奪われたブレザーは隣のベッドへと放物線を描いて落ちる。

もぅ、どっちにしても皺になっちゃうのに。そんな言葉は受け入れてもらえそうにはなかった。

「早くこい」

上履きを脱いでベッド脇に揃え、乱雑に脱がれたコウちゃんの上履きの隣に並べる。

変なの、私とコウちゃんの上履きが並んでいる。
同じように、ベッドには私とコウ君、コウちゃんと私。

今日、一度も使われていないベッドシーツはぱりりとしていた。
二人でベッドにいるのは心臓がはち切れそうなくらいどきどきとする。
鼓動が高まる、息が苦しい、もっと具合が悪くなりそうになってお腹の奥がぎゅうんとした。

ぎこちなくコウちゃんに、背中を預ける。
大きな腕が私の周りをぐるりと回り大きな手の平が下腹部を包み込む。
じんわりと熱が伝わってきて、とくとくと染み込んでくるような優しい感覚。温かさが優しさに変わっていくのが分かった。

「昨日の夜上手く眠れなくて、ね。でも、寝ちゃいそう」
「じゃ、寝ろ」

じんわりと中心から身体が温まってきて、瞼が重くなってきた。


子守唄歌って、と我が儘を言うと、少し間を開けて低い声で洋楽を歌ってくれる、コウちゃんが好き。
昔話をして、と我が儘を言うと、色んな話が混じったものを聞かせてくれるコウちゃんが好き。
好き、と言うと、愛してると返してくれるコウちゃんがやっぱり好き。


半分の月に揺られるように、穏やかな温かさに絆されて、夢の中へと導かれていった。


fin.
―――
女の子のお話。そして無駄に長い。
一年前ぐらいから書き始めたSSだったので、コウちゃん呼びとコウ君呼びが混じってた^^
今はコウちゃん呼びの私。

コウちゃんお誕生日おめでとう。誕生日に全く関係ない話でごめんね。
20120521
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