「gentlest beast」title by たまさん


波打つ音がゆっくりと無意識の中に入り込んできて、私は自然と目が覚めた。


ぐしゃぐしゃになったベッドシーツと素肌にかけられたタオルケットから行為を思い出して恥ずかしくなる。
急に現実へと引き戻されるこの感覚にはまだ慣れそうにはない。
きっと、何年経っても慣れないと思う。
幸福で満たされた風船がぱんぱんに膨らんで、膨らんで、膨らんで。
それがいつか、簡単に割れてしまいそうで少し怖くて。
タオルケットをかけてくれた人はお腹いっぱいになった肉食動物のように満足そうに隣で眠っている。


なんか変なの。
自分の身体なのに、思考と身体が一致しない。
まるで別々のものがぽんっとくっつけ合わさったみたいにバランスが悪くて支えがないと今にも倒れそう。
身体は鉛のように重くて、力が全く入らないし、指先を動かす気力すらもう残っていない。


これも全部、


「コウ君のせい」
「……何が俺のせいだって?」
「お、起きてたの?」


寝てると思ったのに、そう言う前に、後ろからきゅっと腰周りに腕を回され肌がぴたりと密着した。


「まあな、……おい、大丈夫か?」
「……大丈夫、じゃない。すっごく重たい、きっと明日全身筋肉痛だよ」

私の少し枯れた声を聞いて心配に思ったのか、コウ君と目が合った。
絡まった視線に体温が再び上がった。

「もぅ、コウ君のせいなんだから」
「お前だってよがってたくせに」
「全部コウ君が、……コウ君が」
「俺が何かしたか?」
「もぅ、分かってるのにごまかさないでよ」

身体を動かす元気がない分、口だけはよく回るなぁと自分で思った。
私とは対照的にコウ君は何だか元気そうなのが何だか気に入らない。
体力が全然違うのに、コウ君はそれを分かってない。
思い出すのも恥ずかしいけれど、何となく指折り数えてみる。
2回、3回目ぐらいまでは記憶もきちんとあって、それから。


「5回」
「えっ、5回?嘘」
「……回数だろ」
「……あの、本当?」
「嘘じゃねぇよ、5回だ」

5回と聞いてこの身体の怠さに納得してしまった。
全身で感じ受け止めた愛情は心地好い疲労感をとっくに越えて、重みとなって私にのしかかっている。
だけど愛された証拠の花びらをひとつひとつ見付ける度に恥ずかしくて、うれしくて。

「加減出来なくって悪かった」
「……今度ご飯作ってね」
「あー、何がいい」
「半熟卵のオムライス」
「へぇ、へぇ」

テスト期間中は勉強に集中するために、会うのを減らしていた。
でも、今日の午前中だけでテストは終わったからその帰りにコウ君とスーパーに寄って材料を買い揃えて、West Beachでお昼を食べた。
それで、気付いたらふたりでベッドに溺れていた。

今はカーテンを閉めた窓から茜色の光が一筋差し込んで部屋の壁が同じように色付いている。

「えっ、もう夕方?」
「5時過ぎた」
「あっ、ね、今日バイトじゃないの?」
「あぁ、まぁ」


歯切れの悪い答えがコウ君から返って不思議に思った。
バイトには生活がかかっているから一度も休んだことがないと知っていたから。
風邪を引いても、テスト期間中でもあってもバイトには行く。
もちろん、デートより大切らしい。私とバイトどっちが大切なの。なんてことは聞かない。というより答えを聞くのが怖くて聞けない。

「じゃあ、早く行かないと、もういつもの時間過ぎてるよ」
「や、あー、さっき急用で休むって電話入れといた」
「コウ君が、バイトを、休む?」

重たい身体を少し持ち上げてコウ君の方に向ける。
もちろんタオルケットはしっかりと身体に巻き付けて。


「急用ってことは何か大変なことあったの?」
「あー、違う」
「え?じゃぁ、どうして休んじゃったの」
「別に特に理由はねぇけど」
「理由もなく休む人じゃないもん、コウ君」
「いいじゃねぇか、今日一日ぐらい。休むっうか代わってもらっただけだ」
「……もしかして、私が起きなかったから」

そう言った途端にコウ君の目が泳いだ。
あ、図星そう思ったのに、違ぇよ、とすぐに否定された。
どうやら認めたくないらしい。
う、やっぱり私のせいか。
うん?私のせい?


「ごめんね。起こしてくれてもよかったのに、それかバイトに行ってもよかったよ?」

眉が中心にぎゅっと寄って、不機嫌になったのが一瞬で分かる。
分かりやすいなぁ、コウ君は。

「変なこと言った?」
「別に、何でもねぇ」

ぷいと顔を背けて、本音を隠すのはコウ君の悪い癖。
本当の気持ちを知りたいのに、なかなか伝えてくれないのは、長男特有の性格とかそんな堅苦しい名前じゃきっとなくて。
何だか分からないけど、それに近いものだと思う。
私は本音を引き出す言葉を知らないし、難しい駆け引きも出来ない。


それはきっとコウ君も同じ。
だからこうして、紅い跡を残して、伝えようする。
それを私は精一杯全身で応え、受け止める。


だから、私も。


「ベッドの中だけだね、目線の高さが同じになるの」

ブラックのロングピローをふたりで分け、睫毛一本が見えるぐらい近くまで顔を寄せる。
普段なら髪の毛まで距離があって触れることは難しいけれど、この時は違う。


コウ君と同じように。

鎖骨より少し下、Tシャツを着てギリギリ隠れる場所に、そっと唇を落とす。
強く吸い付くと、小さな跡がひとつ残った。
コウ君が私に散らせたものとは、似ても似つかなくて悲しくなった。


「難しいんだね、これ」

私は不格好なそれを指で撫でた。
コウ君は少し驚きながら笑って髪を優しく梳かしてくれた。


「……お前が目覚めたとき、ひとりだと寂しいだろうと思って、よ」


零れてきた本音から、どれだけ大切に思われているのかを実感出来て、とてもうれしくなった。

どうやら私が思っている以上に私は愛されているみたい。

猫みたいに擦り寄って、コウ君の大きな胸板に顔を埋めると、私の背中に手を回してすっぽりと包んでくれた。


「ありがとう」


幸せがたくさん詰まった風船は、ふわり、ふわり、と夕暮れの空へと飛んでいく。
例え、風船が割れてしまっても、満たされた幸福は空気に溶けていくと信じたい。


それを大きく深く吸い込んで。

fin.


―――
素敵な絵を貰ったお礼に献上したssです。
「Prison Bird」たまさんにタイトルを付けてもらいました。
「gentlest beast」:最も紳士的な野獣。
素敵なタイトルありがとうございました♪ホントに気に入ってます。
書きたいことを詰め込んだらこうなりました。
爽やかエロと呼んでくれ(嘘)ピロートークが好きなんです←
20100913
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