first loveの後日談



「心の準備が出来てからでいい。待つからよ」
「急がなくてもいい。一緒に大人になっていけばいい」

琥一は自分で言った言葉を思い出していた。
確かに、この口でそう言った。考えてみると、相手に言ったというより自分自身に向けた言葉に感じる。

眠りを誘うような教師の声をBGMに窓の外に目をやると、体育の授業をしている生徒の群集が小さく見える。
授業中と言っても面白くない歴史の授業でクラスの大半は寝ているような状況の中、琥一は珍しく起きていた。
勿論、真剣に授業を聞こうと思っているわけではない、その証拠に机の上には教科書もノートも出ていない。
飾り気のないシャープペンシル一本と消しゴムがとりあえず置かれているだけだった。
琥一としてはアルバイトの体力を残しておくためにも眠りたかったのだが、この暑さでは到底眠れそうにはなれなかった。
照りつける太陽が窓際の席の琥一をジリジリと暑くしている。
時折、生ぬるい空気がカーテンを揺らし暑さを引き立てる。

物理的な問題じゃなく精神的な準備が出来てねぇのは多分俺の方だ。
思考が回らない状態のまま琥一はぼんやりと考える。
勢いに任せてしまえば、あいつへの負担が大きくなる。かといって、優しく出来る自信などなかった。
つか、あいつの心の準備が出来たらあいつは俺にどう言ってくるつもりなんだ?
日頃の彼女の行動と性格を琥一は頭に浮かべる。

「コウ君、準備完璧です、……じゃぁ、いつにする?」

電話でデートの日付を決めるのと同じように、あっさりと言う彼女が琥一の中で簡単に想像出来て、眉間にグッと力が込められた。

「まさか、な」

静かな教室にチャイムが響いたのと同時に生徒達は一斉に起きだし、友達との会話を弾ませ始めた。
タイミングよく呟いた琥一の言葉を聞いた生徒はひとりもいないだろう。
日曜日また、West Beachに来るって言ってたけど、やっぱ場所変えるしかねぇな。
そんなことを考えながら一息付いて、琥一は机に突っ伏した。
そして、不可能だと分かっていながら頭の中から彼女を出そうとする。
このまま頭の中にいられては、いつまで経ってもこのモヤモヤは消えてくれそうになかった。


「桜井琥一」

名前を呼ばれ顔を琥一は怪訝そうに顔を上げた。
琥一のことをフルネームで呼ぶ人間は多くない、絡まれるときに呼ばれるぐらいしか記憶になかった。
が、呼ばれた声はとても幼く聞こえた。
琥一が辺りに目をやるとみよがジッと見つめ立っていた。
みよのことをしっかりと記憶していたわけではない。
猫のように少しつりあがった大きな目と小さな体格に覚えがあっただけだった。

「バンビの準備はもう完璧。むしろ、待っているのにと悩んでる」

表情を一切変えずに自分のペースで喋るみよを琥一はただ黙って見ることしかできなかった。

「…準備?完璧だぁ?」
「もう、言うことはない」
「おい、待てよ」
「チャンスは週末。これを逃したらバンビを涙させることになる。バンビを悲しませたら絶対に許さない」

言いたいことは全て言いきった様子のみよはすたすたと歩いて教室を出て行ってしまった。
待っているのに来てくれないと悩んでいるだと?
琥一はみよの言葉を思い起こし反復する。
てことは、いいってことなのか?あの言い方だと、手を出さないとヤバいってことじゃねぇか。
こっちは完全にタイミングを逃して悩んでたっていうのに……
どうすりゃいいんだ。

今週家に来るのはいいとして、こっちの心構えが出来てねぇよ。

次の時間はサボるしかないな、琥一は重い腰を上げた。
早くしないと休み時間が終わり、授業が始まってしまう。
気持ち急ぎ、廊下へと出て、どこでサボろうかを考える。


「コーイチ君」

琥一が教室から出てきたのを見計らったかのようにカレンが足早に近寄る。
カレンの嬉々とした表情に琥一は眉を寄せた。
馴れ馴れしく肩に腕を回され、琥一の背中に汗が垂れる。

「そんな露骨に嫌な顔しなくたっていいでしょ」
「もともとこんな顔だ」
「あ、それよりバンビに手出さなかったんだって?いやー、関心だよ」
「何でそれ知ってんだよ」
「何でって、もう、バンビとあたしの仲だもん。でも、あんなに可愛いバンビに欲情せずにひとつ屋根の下で過ごせるだなんて、神か仏以外に考えられない。
あ、まさかまさかの不能?あたしだったらもう即ギューって……」
自分の世界へと入り込んでいきそうなカレンを引き戻すために琥一は仕方なく声を掛けた。

「おい、黙って聞いてりゃベラベラと喋りやがって、ちった黙れ。誰が不能だと、ふざけんな。てめぇ、さっきから何が言いてぇんだ」
「はいはい、一言で言うと…バンビに手を出したら、シメるから」
「ぁあ?」
「バンビは何でも話してくれるからね、あーんなこともこーんなことも」
「……」
「心当たりがあるみたいだねぇ、バンビ不安で泣いちゃったんだってね?」
「……」
「また泣かせるわけにいかないよね、最低半年は我慢しなくちゃ。言いたいことはそれだけだから。じゃ、チャオ」

琥一の引き攣った表情をもろともせずにカレンは微笑み、風のように去って行った。

あいつ一体どこまで喋ってんだ。つか、2人が言ってること真逆じゃねぇか。

準備万端と半年我慢。
チャンスを逃したら泣くとチャンスをものにしても泣く。
おい、どっちにしろ泣かせることになるんじゃねぇか。
どうすりゃいいんだ。

考えたからといって答えが出るわけでもなく。
もっとも答えが出るよりも先に週末がやってくるだろう。

廊下の真ん中で立ちすくむ琥一に怯えながら生徒は横を通り過ぎる。


「みよー。どうだった?上手くいった?」
「当たり前。カレンの方こそ」
「あたし?もうばっちり!あのコーイチ君のびびった顔見られただけでラッキーって感じ」
「……そんなに脅したの?」
「ちょーっとだけ、ね。だって大事なバンビを取られるなんて悔しいじゃない。このぐらいしても神様は許してくれるって」
「これからの展開が楽しみ」

今週のデートがどんな結末になるのかは、琥一の理性に掛っている。


fin.


―――
first loveの後日談
「待つとは決めたもののやはり悶々としてるとこをカレンらに見抜かれ、苛められる兄貴を…!」
と言われたのが7月の終わり。今9月始まり……遅い、遅すぎるよ。first loveとはテイストが全く違うので後日談といっていいのか自分でもよく分からない。完全に蛇足。
20100902

約1年前にアップして数週間でリンクを外したSSを再アップ(自虐的行為)新しいSSでなく申し訳ない。
20111219
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