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恋するバンビに恋した報われない琉夏
(琉夏→バンビ琥一)


「いい子、いい子」

彼女はそう言いながら俺の髪をカウンター越しに撫でた。その瞬間、脳の深い場所に鍵をして閉じ込めたはずの記憶が電流が流れたみたいに鮮やかに蘇った。

近くて遠い感覚。
もどかしい感覚。



春の木漏れ日がカーテンをすり抜けて、部屋を優しい光で包みこんでいる。
昔の家だ。
家族3人で普通に暮らしていた、"幸せ"に過ごしていたあの家。
その香りまで近くに感じる。
お母さんの膝の上に頭を乗せて寝転ぶと必ず決まって「いい子ね」と髪を撫でてくれたときと同じだ。

綺麗な髪の色ね、と彼女はにっこり優しく指を絡ませ遊んでいる。
涙が出てきそうになるのを必死に堪えると、喉の奧が無性に熱くなった。
きっと、心配するだろうから。

泣かない、泣けない。
心配するから、大人は。
可哀相ね、って言われるのはもうごめんなんだ。

思い出すなら綺麗な記憶だけで十分なのに、綺麗で大切にしたい場面を思い出すと必ず、真逆の出来事も重なって、刃となって心に突き刺さる。

「髪触るの好きだね」
「好きっていうか、癖なのかな。安心するの。あっ、もしかして嫌いだった?」
「全然。むしろ大歓迎」
「よかった。コウ君は髪触られるのあんまり好きじゃないから」

また、コウの話か。
当然といえば当然か、だって目の前にいる女の子はコウの彼女だから。
それを知っていながら、曖昧な距離に居座る俺をコウはどう思っているのか知らない。
知りたいとも思わない。

可哀相だと思われていてもそれはそれで仕方ない。
初めから彼女はコウしか見ていなかったのだから。

「好き」
「えっ」
「ルカ君の髪、キラキラしていてとっても綺麗」

なんだ髪のことかとがっくりと肩を落とす。
淡い喜びに浸ることも許されないらしい。

「それなら、ルカの髪をいつでもなでなでしていい権利をプレゼントしよう」
「……うーん、何か素直に喜べないなぁ」
「ね、なでなでして」

甘えた声を出して、彼女を促す。幼なじみ以上の気持ちをもっていないから、彼女は何の戸惑いもなく素直に従ってくれる。

あのときの想い出が思い出せるならそれでもいいと思えた。

それだけで、幸せだ。
それ以上は、望めない。

「ありがとう、もういいよ。それより、夕飯早く作らないとお腹すかせたコウが帰ってきちゃうよ。お腹すかせたコウは怖いぞ」
「えっ?もうそんな時間?どうしよー、急がなくちゃ」

彼女は焦りながらばたばたとハンバーグを作り始める。

遠くから聞こえたバイクの音に混じって「いい子ね」とお母さんの声が懐かしく響いた。

fin.
―――
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琉夏はお母さん、母さんと呼び方を使い分けてそうだなぁ。
でもお母さんはただひとりだけ。
報われなくても前向きな琉夏を書いていきたい。
20100812
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