一夜にして地面を白く染めた雪。
その粒子が太陽光に反射し辺りの空気までも輝かせている。
冷えきった新しい空気に喉が痛み、琥一は息をすることすら躊躇したくなっているというのに、彼女は幸せそうに粉雪に触れた。
掬った雪は掌でじわりじわりと小さくなって、水に変わる。完全に水になると、指先で水滴を飛ばして、子どものようにはしゃいでいる。

太陽が真上にくるころには溶けるであろう雪にさえ彼女は愛情を注ぐ。

「冬だね、コウ君」
「ああ」
「雪だもんね、コウ君」
「ああ」
「ひゃあー、手冷たい」

普段よりも幼い喋り方。
制服から伸びている足にはタイツにローファー。寒そうな格好に琥一は呆れ返るが雪に興奮している彼女には気温など関係のないようだ。
誰も歩いていない世界に彼女が足を進めると、きゅっきゅ、と雪が鳴いた。
その音を彼女は楽しそうに聞いて跳ねるように軽やかに歩き、雪って優しい声だね、と彼女が言った。
寒さにやられたか?と言いかけたのを琥一は寸前で飲み込む。


一歩踏み出したときの音が琥一にも優しく聞こえたから。



―――風花―――


「コウ君!学校行く前に雪だるま作ろ?」


琉夏が起きるよりも早く、息を切らし、耳と鼻の頭を真っ赤にした彼女がWest Beachに飛び込んでそう笑った。手袋もマフラーもせずに、普段通りの制服姿。
その格好を見た琥一は寒さで身震いがした。

「お前、マフラーは?」
「あっ……忘れた。だからいつもより寒いと感じたんだ」
「ったく、ほらよ」

琥一がアフガンストールを彼女目掛けて軽く投げると、それを素早くキャッチしいそいそと首に巻いている。

「ありがと。暖かーい。……コウ君に包まれてるみたいな気分になる」
「んなこと、思っても言うなよ」
「あー、照れてる。へへへ」
「雪だるま作んだろ?」
「うんっ、朝起きた瞬間に雪が積もってるといいなーと思って昨日寝たら、今日銀世界でしょ!うれしくって」

優しい声を聞きながら、琥一は掌サイズの雪玉を作っていく。冷たいだけなのに彼女を喜ばせる何かがあるらしい。
琥一はそれが何なのかを考えるが、全く想像も付かない。

「もうちょっと雪降ったら大きいの作れたのにね」
「そんな降ったら困るやつもいんだろ」
「そっか」
「まぁ、あと3cmぐらい降ってもよかったかもな」


しょげる彼女に雪を握り締めたまま慌てて言葉を濁す。
彼女をいじめるなと代弁しているかのように、雪の冷たさが琥一の手に鋭く突き刺さった。


「はいっ、完成!」
「結構作ったな」

扉の前には小さな雪だるまが10個行儀よく並んでいる。

「コウ君作ったのすぐ分かるね」
「そうか」
「だって、真ん丸じゃないもん」

形のいびつなものを指差して口を尖らせるているのを目の前に返す言葉は見つからず。
話題を変えるしかないと、琥一は諦めた。

「……気済んだら、学校行くぞ」
「うん、あ、でもまだ琉夏君起きてないよね?起こしにいこうか?」

彼女はかじかんだ手にはぁ、と息を吐き出し首を傾げた。ふたりの世界に突然入り込んできた名前に琥一は肩を落とした。
いつもタイミングよく割り込んで結果、邪魔させられるが、今日は起きてこないだけ十分運がいい。


「あー、お前はいい。俺が琉夏のやつを起こすからお前は先に学校行け」
「うーん、でも」
「でも、じゃねぇよ。さっさと行け。鞄取ってくる」


琥一は彼女の言葉を待たずに、West Beachに入り入口に置いた彼女の鞄を掴みそのまま彼女に押し付ける。


「ほらよ」
「……じゃあ、行くね?あ、これ」

アフガンストールを解こうとするのを制止する為に伸ばした琥一の指は無意識に赤くなって痛そうな耳に動いてた。

「ひやぁう」
「わ、悪い」

尻尾を踏まれた猫のような声色に琥一は驚き、反射的に手を引いた。
意識が彼女の耳に行き過ぎていて、琥一は手が凍り付いたように冷たいということを頭から消えていた。

「これ、付けていけ」
「……うん」

彼女の耳が赤くなっていくのが分かる。それはもちろん寒さのせいだけではなくて。
琥一は遠ざかっていく彼女の背中を確認して、振り返ると雪だるまと目が合ったように感じた。
溶けちゃうの?と切なそうに感じたのは、きっと彼女の考えが移ったからだ。と琥一は自分を納得させようとした。


きっと、悲しむんだろうな、一日で溶けて消えてしまったら。

少し、頭を使うとするか。
琥一は彼女の作った雪だるまを、慎重に持ち上げ歩き出す。


どんな風に笑うのかな。
最初に何と言うのかな。
春になるまで、さようなら。

雪の声は優しく琥一の耳に届いていた。


春まで冬眠、雪だるま。


fin.


「コウ、どうして冷凍庫に雪だるま入ってるの」
「どうだっていいだろ、んなこと」
―――
明けましておめでとうございます。今年もよろしくおねがいします。
新年一発目のssです。幸先いいスタート!
オトメンチックな琥一さん……
タイトルにすっごい悩みました…誰かにつけてほしいと本気で考えたけれど、正月から迷惑かけられないと思って諦めました。
20110101
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