口下手で、無愛想で、いつも不機嫌な表情をしていて近寄り難い。

クラスのみんなはそう言うけれど、本当は、誰よりも優しくて繊細だってことを知っているよ。
みんなに本当の姿を知ってほしい気持ちと、その姿を独り占めしていたいってことの両方を求めてしまうのは我が儘なことなのかな。
でも、その両方を見てもらわないと本当のコウ君を分かってもらえないじゃない。




「もういいかい」
「まぁだだよ」

夏の暑い日に額に汗を滲ませながら必死になってかくれんぼをした。
決まって鬼はコウ君で、暑くないところに隠れるんだと命令されたことを覚えている。
そんな幼い記憶の片隅の中のコウ君と今のコウ君は変わらない。
もちろん、外見は大きく変わってしまったけれど。
「色々変わった」ってコウ君は言ったけど、本質的なものはあのころと少しも変わっていない。
誰にも知られずに、自分を犠牲にするところとか。
それがお兄ちゃんの務めだと思っていたんでしょ?

今思えば、コウ君なりの精一杯の優しさだったのだと思う。


一緒にいる時間が増えて気付いたの。
強がることで、弱さを隠していたんでしょ?
強くならないと生きることができなかったんでしょ?


隠れていると時々、誰にも見つけてもらえないんじゃないかと不安になったときがあった。
でもコウ君なら絶対見つけてれくれる、幼心にもそんな安心感があったんだよ。
日が暮れるまで遊んだあとに、コウ君とルカ君のお母さんが焼いてくれたホットケーキを前にすると、何だかルカ君は寂しそうで悲しそうで、それを見ていたコウ君も同じような表情をしていた。

今なら分かるよ、ルカ君の表情の意味も、コウ君の視線の意味も。
それでもふたりは強かった。
強くなろうと必死だったんだね。
焼きたてのホットケーキにはイチゴのジャムがたっぷりと塗られて輝く宝石のように見えた。
ルカ君とはしゃいでいると、コウ君が自分のホットケーキのイチゴジャムを分けてくれた。

すごく幸福で、いまでもその暖かい気持ちが残っている。

でも、今のほうがその幸せを身近に感じられるようになってきたことがなんだかうれしかった。


「なに笑ってんだ」
「……幸せだなぁって」
「ぁあ?」

レコードをかけて戻ってきたコウ君が怪訝そうな顔で隣に座った。
座る場所はいつも決まってこの大きな黒いソファ。
この部屋にとっても合っていて、好きな場所のひとつ。

コウ君が隣に座ると、十分にスペースがあったソファがすごく窮屈に感じる。
そんなことを言ったら怒られるから言ったことはないし、これからも言うことはないと思う。
だって、コウくんの息が耳にかかる、この密着感が嫌いじゃないから。
自然と肩を引き寄せてくれるようになったのは、最近のこと。
コウ君の肩に凭れると、頭を撫でてれる。
これもお決まりの仕草のひとつになっていた。

こんな風に年月が経っていくんだね。
幸せが溜まっていく。


「ね、これどんな意味なの?」

コウ君が流すレコードはいつも単語を聞き取るのすら難しい洋楽。
理解しているのかな、なんて疑問がふと浮かんで問いかけた。

「……言葉なんか分からなくたって伝わってくるもんがあんだろうが」
「……それって分からないってこと?」
「うるせぇ、音を楽しんでんだよ」

コウ君はそう言ったけど、毎回英語のテストでいい点数を取っていることを思い出した。
歌詞を理解出来ない自分が少し悔しくて。
ふーん、よく分かんない、と呟くとさっと小さなキスをされた。
ちゅっ、と可愛らしいリップ音が部屋に響いたのが聞こえて恥ずかしさが込み上げてきた。
コウ君も同じらしく、少し赤らめた顔を背けている。


「言葉を言わなくたって伝わっただろ……」
「……ううん、伝わらない」

少し考えてから返事をした、意味を分かってくれると信じて。

「お前……」

はぁ、とわざとらしく大きな溜め息を吐いたコウ君に今度はこっちからキスをした。
慣れていないのと緊張とで、ただ唇の端にちょんと触れただけのキスと呼べないものだったけれど、コウ君の目が見開くのが見えた。
それがなんだか可笑しくて声を出して笑った。

「伝わった?」
「伝わらねぇな、今のじゃ」


好きだという気持ちも、愛しているという気持ちも、全て込めてキスをしよう。
コウ君の優しい気持ちがキスで伝わってきたように、想いを込めよう。
気持ちが伝わるぐらいキスをして、笑って、またキスをして。


言葉なんか要らなくなるぐらい夢中になりたい。
でもたまには言葉で伝えてほしい。
恋は矛盾でいっぱい。


本当は優しいってこと知っていたよ。
出会ったその日から、誰よりもコウ君を見ていたから。


「ね、かくれんぼしよっか?」
「はぁ?」


おやつにはイチゴジャムをたっぷりと塗ったホットケーキを作るから。




fin.



20110701



―――

ホットケーキにイチゴジャムは捏造です。ハチミツにバターも好きだけど、ジャムも好きです。
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