神や運命だなんて信じてねぇけど、あいつに会えたことは運命かもしれねぇ。
いや、定めだって思いてぇんだ。
この花が導いてくれたんだって、そう信じたい。

サクラソウに水をやりながらそんなことを考える。
水遣りをやっている姿なんて、見られたら何を言われるか予想がつく。
似合ってねぇことは俺が一番分かってんだ。

初夏の風にサクラソウが小さく揺れた。暑さに弱いのだろうか、少し元気なく咲いている。
ルカにサクラソウの育て方を聞こうかと思ったが、笑われるだろうからあっさりと止めた。

仕方ねぇ、放課後に図書館に行くか。

一通り水を撒き終えて、昼寝でもしようと、芝生が整備されているスペースに移動する。
授業をサボるときの場所のひとつだ。校舎から少し離れているから生徒は来ないし、木が多く植えられていて、これからの時期、涼むのにはちょうどいい場所だ。
大木の根本に腕を枕にして寝転がる。葉っぱがさらさらと音を立て、影が揺れる。影に入ると幾分か涼しい。


目を閉じ次の授業がなんだったのか思い出そうとするが一向に出てきそうにない。
それだけ、つまらない授業なんだな。自分の考えに妙に納得した。
もぅ、が口癖のあいつの声が聞こえた気がした。

瞼がだんだんと重くなっていく感覚に抵抗はしない。どうせならこのまま寝ちまったほうが夢であいつに会えるかもしれねぇな。



「コウ君」

瞼が落ちただけであいつに会えるなんてえらい早い。
や、むしろ、意識は辛うじて残っている。

「……コウ君」

夢じゃねぇな。

再び、聞き慣れた声が聞こえ勢いよく一気に上体を起こす。
その瞬間、ごんっという鈍い音と痛みが走った。
目がチカチカとする。漫画なら頭の周りにたくさんの星が描かれているだろう。


「いったぁぁい」


目に映った彼女は涙目で、両手で必死におでこを押さえ悶えている。ちょうど額と額が、がちんと当たってしまったらしい。

「悪ぃ、大丈夫か」

何とか痛みに耐え、謝る。
自分の頭もずきずきと痛むが、彼女の方がもっと痛いだろう。
いきなり起き上がるとは予想せずに顔を覗き込み名前を呼んだらしい。


「はぅ、痛いよ」
「見せてみろ」

前髪を分けるとシャンプーの甘い残り香が鼻孔を刺激し、一瞬意識が飛びそうになった。
髪の毛ですらこんなに綺麗な人間、他には知らない。

「ねぇ?」

一気に現実に引き戻される。
おでこを押さえている指を一本づつ外すと、ぶつかった辺りが赤くぷくりと膨れている。


「たんこぶ」
「えぇっ、恥ずかしいな」

再び、小さな手でおでこを覆う。

「安心しろ、前髪でそんなに分からねぇよ」
「…あっ、コウ君は?たんこぶになってない?」

心配そうに俺のおでこを見る顔が徐々に接近してくる。
きゅっとした唇が鼻に当たりそうなほど近いがなぜだか、動くことが出来ない。

動くことが出来ないのか、
動きたくないだけか、
それはもちろん後者でしかない。

「コウ君、……赤くなってないし、たんこぶにもなってないよ。私はあんなに痛かったのに」

言葉を発する度、唇に引き込まれ目から離せない。
誘っている自覚なんて全くないだろうが、誘われているとしか思えない。言い訳は完璧だ。


「舐めときゃ治るだろ」

サクラソウのように淡いピンク色に触れると、微かに甘い味がした。

「……そこじゃないもん」
「赤くなってるからここもだろ」

顎を引き下げ、荒々しくそれにかぶりつく。

「んっ、…ん、はぁ」
「……口開けろ」

何度ノックをしても固く結んだままの状態に少し苛立ち、命令すると、おずおずと開いた。
その、ようやく開いた隙間に強引に舌を捩込む。
舌に吸い付き口内を掻き分けるところんと小さな丸いものに当たった。
「それ、くれ」
甘い味の正体はそれだと気付き、ねだる。

「……っん、コウっ、君」

無理矢理自分の口内へと移動させ、がりりと力を入れ割った飴を半分開いた唇へと入れ戻す。

「半分返す」
「うぅ、ひどいー」

深く息を吸い込み肩で息をしながら、溜まった涙を指で掬っている。
「頭突きしといて、こんなことして……」

頭突きって……俺だけが悪いんじゃねぇだろと心で呟くがまあそういうことにしておくか。

「悪かった」
「心、こもってない」
「ぁあ?」
「はぅ、痛かったなぁ。無理矢理あんなこともするし」

思い出したように、おでこに指を置いている。

「そういうことなら早く言えよ」

赤く膨れた部分に唇を落とし、離れる瞬間にわざとリップ音立てると一瞬にして真っ赤に変わる。

「ちっ、違うよぉ」

俺の肩口を叩きながら抵抗しているが、痛くも痒くもない。

午後の授業が始まるチャイムが聞こえた。

「……もぅ、戻る」

すっと立ち上がり、プリーツスカートを両手でぱんぱんと払うと、ひとり先に歩き出した。

「おい、待てよ……何でここにいるって分かったんだ?」

ゆっくりと立ち上がり、気になったことを聞いてみる。
歩くのは止めたが、背を向けたままで振り向いてはくれない。

「何でって……うーん、分からないけど、絶対ここにいるって気がしたの」

運命でも偶然でも何でもいい。
こうして出会えたことだけが事実だ。

「早く戻らないと」

てとてと、と戻ってきて、腕を引っ張られて足を進める。
その行動が小動物に似ている。
くっ、抱きしめたい。

「おい、それ治してやるから放課後、図書館来いよ」
「むぅ、もう治ったから結構ですっ。何で、図書館なの?そんなところじゃ治りませんーだっ」
「図書館でも保健室でも、どこでもいいんだ。それに治ったかどうか決めんのはお前じゃねぇよ。いい子には飴あげるぞ」
「いい子じゃないもん」

上手く引っ掛かったな、と内心ガッツポーズをしながら平静を装い続ける。

「……いい子じゃないなら、悪い子ってことだよな。悪い子には、お仕置きしねぇと」
「……騙されたぁ、……普通の子だもん」
「普通って何だよ。知らねぇ」


髪をグシャッと弄り、やっぱり家にするかと考えたら、午後の授業を過ごすのが何だか楽しく感じられた。

fin.
―――
ろりっ娘さを強くしたばんびを書いてみた。
「ほえ?」「はぅ」「むぅ」とか自然に言っちゃうばんび。
もちろん、貧(ry

こんなばんびちゃんどうですか?

20100718
20100723加筆修正済
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