バイト終わりのコウ君からは秋風に乗ってガソリンの匂いが少しした。
学校の帰り道に今日のバイト上がりが同じ時間なことを言ったら「なら、雑貨屋まで迎え行くから帰るべ」と返された。
そんなつもりで言ったわけじゃなかったから、迷惑に思ってないかな。
もちろん、一緒に帰れたらうれしいんだけど。
ぐるぐるとした思考のまま俯いていると「……俺が一緒に帰りてぇんだ。送らせろ」と言ってコウ君は頭を掻いた。
私に気を使って言ってくれた言葉だとしても、やっぱりうれしくて。顔が自然と緩んでしまう。
彼女を迎えに来る彼氏って、少女漫画みたいで素敵だなぁって思ったんだもん。
今日のバイトは時間が過ぎるのが遅く感じた。
何度も時間を確認して針が早く進むことを心の中で小さく願った。
「ね、コーイチ君が迎えにくるんでしょ?」
「えっ、どうして分かったの?」
「やっぱりぃ、だって恋する乙女な顔してるもん」
カレンさんにあっさり見抜かれた恥ずかしさで手元が狂って、ラッピングが上手く行かなかったことが15分前のこと。
今はふたりで月に照らされた道を並んで歩く。
いつも歩いている道なのに、何だか今日は景色が違って見えた。
「すっかり秋だね」
「だな」
昨日まで夏の陽気が続いていたのに、今日はもう秋の終わりさえ感じる天気。
「冬になったら、スキーに行って、スケートにも行こうね。あ、あと海辺にも行かない?」
「海辺はいいが……スケートはパス」
「むぅ、ケチ……でも本当は行ってくれるんでしょ?」
「……考えといてやる」
「素直じゃないなぁ」
「ぅるせ」
「ひゃ、寒い」
急に吹いた冷たい風にスカートが大きく揺れる。
カーディガンを少し引っ張り指先近くまですっぽりと隠した。
「おい」
「ん?」
コウ君が私に向けて手を差し出した。
不器用に投げ出された掌が手を繋ぐ合図と気付いたのはいつだろう。
当たり前になっていくことが、少し寂しくて。
少し寂しいのに、合図が分かるのがうれしくて。
隠したばかりカーディガンの袖を上げると指先に冷たい風が染みた。
そして、コウ君の掌に右手をそっと沿える。
ぎゅうと痛いほど力が込められたかと思うと、何かを確かめるようにさわさわと親指で撫でられる。
くすぐったくて、小さく声を上げるとコウ君の長い指が私の手一本一本に緩やかに絡まる。
感覚をとらえる神経が全て指先に集まって、血液の流れまでコウ君に分かってしまいそうなほど緊張する。
きっと、真っ赤な顔をしている。
その証拠に頬に抜ける風が、さっきとは違って心地好かった。
コウ君の顔を見上げても、暗くて表情がはっきりしない。
ただ、手を繋いだだけなのに、私の鼓動は早くなる。
コウ君も同じ気持ちでいてくれてる?
手と手が合わさるだけの行為。
フォークダンスで男子に手を合わせてもドキドキしないのに。
好きだから。
コウ君だから。
好きな人と手を繋ぐと、特別な行為に変わると知った。
温かさを楽しみながら今日クラスであった出来事を話す。
コウ君は相槌を打ちながら、ただただ聞いてくれる。
結ぶ手に力を入れるとコウ君の指輪が私の指輪に当るのが気になった。
左手の中指と小指に嵌められた大きめのモチーフが付いた指輪。
どうして中指と小指なんだろう。
「コウ君、薬指には指輪しないの?」
「ぁあ?しねぇよ、まだな」
まだな、と強調して言ったのには何か意味があるのかな?
「そっか、寂しいね」
コウ君から貰ったサクラソウのリングが寂しいよ、と相手を探して泣いているみたい。
「何がだ」
「内緒」
空気を切るように、秋の虫たちが大きく鳴き出した。
もう少し長くこのままで、歩いていたい。
わざとゆっくり歩いてみると、コウ君も歩調を合わせてくれた。
あ、幸せ。
繋いだ手をぶんぶんと揺らす。
「んなことして楽しいのかよ」
「ん?楽しいよ」
「…ならいい」
このままどこまでも歩いて行きたい。そう思うのも虚しく、あの街灯を過ぎると家はもう目の前。
「んな顔すんな。帰したくなくなる」
「明日も会えるのに、寂しがり屋さんだね」
「お前もだろ」
「……うん」
「寒いから早く入れ」
「コウ君も気を付けて帰ってね」
コウ君の後ろ姿を送り「また明日ね」と振った手からはガソリンの匂いとコウ君の香りが残っていた。
離れても、こんなにも惑わされてしまう。
今日はどきどきして眠れそうにない。
今宵、夢で出会えたら
fin.
―――
テーマ「兄貴の指は美しい」
手を繋ぐ場面だけが書きたかっただけ。
書き直しても良くならないものは良くならない…
純愛で少女マンガチックなのも書けるんだぞっていう、変態窓花イメージ脱却作戦。
ガソスタバイトって手に匂いが付いている勝手なイメージ。
でもガソスタのバイトのお兄さんって無条件でかっこよく見えてしまう、
20100930