大きなあくびをしながら教室のドアを開けた琥一の目に飛び込んできたのは、頭から白い耳がぴょこんと生えたさくらの姿だった。



「……耳?」



琥一は起きている状況に驚き、肩に掛けていた鞄がずり落ちる。
タイミングよく、さくらが鞄をキャッチした。
それには気にも留めない琥一は見慣れたさくらの制服姿に足された「それ」を指差した。




【All Hallows' Eve】







さくらは琥一が席に着くのを待たずに両手を差し出しにっこりと笑った。


「Trick or Treat!」


琥一からすり抜けたはずの鞄はいつの間にかさくらの肩に移動してる。


「Happy! Halloween!」
「……今日、まだ29日だ」


さくらは琥一の言葉を遮り、ひとり話しを進めていく。


「あ、やっぱり知らなかった?今年、31日が休みだから29日にイベントやるんだよ!」
「はぁ?」



琥一と白い耳の生えたさくら以外誰ひとりいない静かな教室に声が大きく響いた。


朝の騒々しい教室とは掛け離れ、しん、とした世界に琥一は夢の続きでも見ているようにさえ思えた。


「文化学習の一環で、異文化に触れることを目的に執行部が企画したんだって。だから今日は午前中授業ないんだよ」
「へぇ」
「もしかして、それも知らなかった?」
「今、知った」


さくらは呆れるようにため息を吐き琥一に詰め寄る。


「もぅ、体育館に集まった生徒同士声を掛けてお菓子を貰い合うの!」
「……それハロウィンになんのか?それ、文化学習でいいのかよ」
「まあ、細かいことはいいの、早く体育館に行こう!もうクラス全員移動しちゃったんだから」
「あー、待て。ちと休ませろ」


琥一は机に寄り掛かるように浅く腰掛け、さくらを引き寄せ脚の間に立たせた。
朝からテンションの高いさくらの華奢な肩を優しく撫でて落ち着かせようとするが、さくらの瞳はますます輝きを増していく。


一息入れたかった琥一だがそれはどうやら叶いそうにはなかった。


「それでね、ルカ君はちゃんとお菓子くれたよ」


ほら、とさくらはブレザーのポケットからいちごがプリントされた小さな飴玉2個を取り出しひとつを口に入れた。



「ルカの野郎、知ってて俺に黙ってやがったな」
「でも、ルカ君『俺の存在そのものが天使でしょ?』って言って仮装はしてなかったから知らなかったかもよ?他のみんなは仮装してたのに……」
「おいおい、他のやつは、仮装してんのかよ」
「え、うん。だってハロウィンだもん。嵐君はミイラ男で、玉緒先輩は二宮金次郎でしょ、設楽先輩はピアノマンって言ってたし」
「ハロウィンってそんな祭りだったか」
「あ、新名君は……あれ、なんだっけ。キラキラした衣装着てたんだけど」



腕を組んで真剣に悩みだしたさくらの白い耳が琥一の視界をチラつく。
何気なく白い耳に触れるとさくらは何かが弾けたように勢いよく顔を上げた。


「あのね、それで……私は、子猫に仮装したつもりなんだけど、どうかな?」


本当に生えているように見える代物に感心しながらやわらかな感触を指で確かめた。
さくらは耳と同じ真っ白の尻尾を握りながら琥一を見上げ、恥ずかしそうに反応が返ってくるのを待っている。



「どこで買ったんだ、そんなもん」


みよとカレンに太鼓判を押され購入したとはいえ、さくらにとって琥一の反応が一番重要だった。


「みよちゃんとカレンさんと一緒に通販で買ったの、いっぱいあってね、迷ってこれにしたんだけど……変かな?あ、あと鈴も付いているんだよ。気付いてた?」


さくらが指した場所には、緋色の大きなリボンの代わりに鈴が付いていた。
猫耳を付け首を傾げたさくらを目の前に琥一は「これが無意識なんだから、どうしようもねぇ」と密かに漏らす。


「……可愛いんじゃねぇの」


琥一は照れ隠しのために朝にセットしたばかりの自分の髪を握った。


「……耳?私?」


珍しく琥一が素直に褒めたのがよほどうれしかったのか、さくらははしゃぎながら続ける。


「……耳を含めたお前」


琥一が返した言葉を耳にした途端さくらは、ぼんっと音が聞こえるぐらい真っ赤に染まった。
琥一の腰にぎゅ、と抱きついた。


「んな、お前が照れんな」
「……だって、コウ君にそう言われるのうれしいもん!ね、コウ君、Trick or Treat!って言って」


そっと琥一から離れると、さくらはお願いと両手を目の前で合わせた。
このポーズをされては、琥一は逆らうことは出来ない。



「……Trick or Treat」


ようやく聞き取れる程度にぼつりと言った。


「よく出来ましたー。はい、お菓子です!」


さくらは包装されたチョコレートを琥一のブレザーのポケットにひとつ落とす。



「俺は……」


琥一はポケットを探ったが、出て来たのは紙屑やガムのゴミばかりだった。



「あ、いいよ、何もないんでしょ?」
「……菓子持ってなかったら、悪戯だっけな?」
「そうだよぉ、悪戯しちゃうよ」


子どものように無邪気に笑うさくらにつられて琥一の頬も緩む。

そして何かを思いついたように、にやりとさくらを見つめた。



「……じゃ、悪戯しろ」
「へっ」


さくらのマヌケな声に琥一は吹き出した。


「菓子持ってねぇんだから、何でもいいから、悪戯してみろよ」
「そんなぁ、冗談だもん」


さくらはぷぅ、と頬を膨らませる。


「悪戯出来ないんだったら、代わりに鳴いてみろよ。子猫なんだろ」
「代わりにって……変なこと考えてないよね」
「変なことって何だよ、言ってみろ」
「もぅ、からかわないでよ」


からかってねぇよ、と琥一はさくらの本物の耳を掠めるように呟く。
熱い吐息がさくらに届いた瞬間、甘い声にも似た音が零れた。



「一度でいい、鳴いてみろ」
「……一回だけだよ」




さくらは顔を赤くしながら本物の子猫のように琥一に擦り寄ると「にゃぁ」と小さく鳴いた。




「今更だけどよ、これ、ハロウィン用じゃねぇべ」
「ほぇ?」



さくらの付けている鈴がちりんと鳴った。





【お菓子は持っていないので、いたずらしてください】







fin.



―――
嵐さんはミイラ男だ!と即決。
設楽さんは、バッハとリストとベートーベンで迷いました、結果ピアノマンで落ち着くことに(普段からピアノマン)
不憫ニーナはデフォ。

参考になりそうな画像を色々漁っていたら、色んなコスプレをしている外国のおねぇちゃん達に出会いました。
すけすけなお洋服を着ていました、とっても可愛かったです!

あとこのssを書くまでハロウィンは30日だと思ってました。
20101029

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