「か、海君海君」
「お、名字。久しぶりだな」
土曜日の朝。休日練習に向かう名前は、同じく練習をするため学校に向かう海信行に出会った。名前はきょろきょろと周囲を見渡してから慎重に口を開いた。
「海君にお聞きしたいことがありまして……」
「名字の選んだものなら何でも嬉しいと思うよ」
「ええっ!」
まだ何も聞いていないというのに。全てを理解していると言った風に柔らかな笑みを浮かべた海に、名前は驚きを隠せないままでいる。
「ま、まだ何も聞いてないのに……」
「実は読心術を会得してね」
「すっ凄い! でも、海君なら納得かも……」
「アハハ、というのは嘘だ」
「えっ!」
表情一つ変えない海と、その海の言動にコロコロと表情を変える名前。自分とは対照的ともいえる名前を見て、海は内心微笑ましく思っていた。
「夜久から聞いたんだ」
「な、なんだ……」
「そして俺も黒尾の好きなものはわからない」
「そっか、何か喜びそうなことをしてあげたかったんだけどな」
「でも、」
でも、と言葉を継いだ海は、思わせぶりに口角をあげて見せる。その続きが気になる名前は、ジッと海を見つめ「でも、なに?」と興味津々と言った様子で聞いた。
「黒尾の喜ぶことならわかるよ」
「え! な、なに?」
それは……と海の言葉を聞いた名前は急に顔を赤く染めた。そしてそれを隠すためか「よ、喜ばないよそんなこと」と、しどろもどろに言いながら両手で頬を覆う。その様子をみた海は口にはしなかったが「きっとこういうところが普段から黒尾のポイントを的確についているんだろうな」と確信めいたものを感じていた。
「俺から言えることはそんなところかな」
「海君って、顔色一つ変えないで凄いこと言うね……」
「そうかな。褒め言葉として受け取っておくよ」
スポーツバックの肩紐部分を両手で掴み、抗議の眼差しで海を見上げる名前と、そんな彼女に穏やかな笑みを返す海。目指す学校までの距離もあと百メートル程と言うところで、二人の後ろから声を掛けた人物がいた。
「おう」
「ああ、おはよう」
「おおお、おはよう二人とも!」
ジャージのポケットに手を突っ込み、いかにも眠そうな顔をしている黒尾と、その隣で携帯ゲーム機に視線を注ぐ研磨を見てあからさまな動揺をうかべる名前。研磨は一瞬だけ顔をあげ、理由を察したのかまたゲーム画面に視線を戻した。
「なにどもってんだよ」
「な、なんでもないよ! ね、海君」
「ああ、そうだね」
黒尾に怪しまれたからか、海の耳元に顔を寄せ念を押すように「さっきのこと、秘密ね」と耳打ちをした名前。そしてそれに縦に頷いてみたものの、黒尾からの視線を敏感に感じた海は、夜久同様さっさと誤解を解いてしまいたい衝動に駆られるのだった。
(誕生日まで、あと二日)
:)141115