とあるコンペティションのチームに指名されたのはいつだったか。最初は少数精鋭とも言える面々に俺も嬉しく思った。

「おい山崎、この部分ツメが甘い」
「そうね。もっとポイント絞ってデータを集めた方がいい」
「はい!」

 若手の中では抜きん出て仕事のできる土方さんと名前さんの二人は、俺の担当する部分の資料のためにわざわざチェックをしてくれているのだが、まるで打ち合わせでもしているのかのように意見を同じくしていた。二人は仕事の仕方というか考え方が似ている。そして俺は先輩だからというだけでなく、仕事のできるこの二人を尊敬している。ただ……

「おーい、飯行くぞー」
「坂田友達いないの?」
「あ、おめー俺にそんな口きいていいの? いいんだぜー少年を……」
「あーごめんごめん! 今行くから!」

 ミーティングルームの扉が開いて、別チームの坂田さんが名前さんを誘う。じゃあ昼休憩ね、と言って財布を持って坂田さんの後を追う名前さん。ミーティングルームには俺と土方さんが残され、少し、いやかなり気まずい空気が漂う。それは、確実に土方さんの機嫌が悪くなったのを俺が肌で感じているからだ。

「ひ、昼休憩ですけど、俺たちもどっかいきます?」
「うるせぇ。これ仕上げるまでお前は昼メシ無しだ」

 明らかに不機嫌な土方さんの訂正やアドバイスは、さっきよりも厳しく俺に降りかかる。
 二人が付き合ったと聞いたとき、それはそれはお似合いだと思った。それは俺だけではなく社内の大多数の人も同じで、ミーハーな若い女の子達は特に羨望の眼差しで二人を見ていた。美男美女で、その上仕事も出来るときたらそれは当然のこととも思う。ただ皆から憧れられている二人のプライベートを知る人はいないと言ってもいいほどで、二人がどのような付き合い方をしているのかは皆知らなかった。
 しかし、俺は二人から相談を受けていたわけではないが、このように同じチーム故一緒に過ごす時間が多いと元来の感の良さも手伝って、二人の出す微かな空気にも敏感になっていた。
 だから俺は二人が別れたと噂になる前から、実はそのことに気づいていた。別れても変わらぬ様子で仕事をしているように見える二人を、ドライだのなんだの言う人もいたが、俺にはそんな風には見えなかった。付き合っている時から別れた今も、土方さんは名前さんと仲良くする坂田さんを見るたびにヤキモチからか苛立っている。名前さんは名前さんで、土方さんの前だと少し窮屈そうであまり自分を出さない。でも実際は坂田さんとは冗談を言い合ったり楽しそうに笑う。多分、土方さんはそこに一番腹を立てているのだと思う。俺から見れば、名前さんは土方さんを好きゆえにそうなってしまっているだけなのだが。
 こんなこと言うのは気持ち悪いが、二人はちゃんと想い合っていた。しかし、二人とも如何せん不器用なのだ。仕事も他のことも全部器用にこなす癖に、こと恋愛においては中学生レベルだなんて、他の人が想像できるはずもない。

「土方さん」
「あ」
「なんで別れたんですか」
「……くだらねぇこと聞くんじゃねーよ」

 二人がなにも話さないからか噂は多種多様な形で広がっていた。「土方さんが飽きて振った」とか「土方さんのマヨネーズに名前さんが耐えられなくなった」とか「名前さんが坂田さんに寝取られたから」とか。それはもうその都度違う噂を耳にした。しかし全てが真相と言うには真実味に欠けていて、こんな噂を流す奴は二人の何を見ていたんだと呆れたことを覚えている。

「変な噂たくさん流れてますよ」
「言わせとけ」
「……名前さんのためですか」
「気持ち悪ぃこと言うんじゃねーよ」

 目を伏せ、タバコに火を付ける土方さん。思えばこのミーティングルームに来てから初めての喫煙だ。名前さんと付き合ってから、土方さんのタバコの本数は格段に減った。というのも彼女の前でだけだけど、同じチームとして仕事をしている以上共に過ごす時間は長く、土方さんの我慢も相当なものだったに違いない。土方さんは土方さんで、名前さんを思って無理をしていたんだろう。やはり、どっちもどっちだ。

「好きってだけじゃダメなもんもあるんですね」
「……なんだってそうだろ」

 疲れた顔をしてタバコを吸う土方さんを見て「合コンでもしますか」などと軽口を叩けば、土方さんは「それもいいかもな」と少し笑った。
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