自分の呼気からアルコールの匂いが発されていることも、歩く足が千鳥足になっていることも、なにもかもわかっていた。そう頭で理解はしていても、荒い呼吸は抑えることはできないし、真っ直ぐ歩くことも困難になっていて、私は普段歩いている帰り道を感覚だけで進んでいた。そのためか、足元の障害物の存在に気付けずに、ぐらりと回転する視界にあわてて体制を持ちなおそうとしても時既に遅しというやつだった。

「ったー……」

 なんなのよこれ! と勢いで言ってしまいそうになったけれど、その障害物の大きさに目を奪われ息を飲む。大きな、段ボールだ。それも、マンションのエントランスのすぐ脇に。ゴミの日は今日ではないし、普段のゴミ捨てを見ても、段ボールを畳まずにこんなところに放置するような、常識のない住人がこのマンションにいるとは思えなかった。
 擦り剥いた足の痛みとストッキングの激しい伝線も忘れて、興味本位で段ボールの中を覗き込む。

「ひ、と……なの?」

 中で蹲っていたのは栗色の髪をした二十かそれに満たないくらいの少年だった。思いもよらない中身に、思わず気が動転する。まるで、犬や猫みたい。
 ふと、その少年の頭を撫でると、閉じられていた瞼がゆっくりと開いた。そしてぼんやりと正面を見つめてから、私に視線を移す。その動作が私にはまるでスローモーションのようにゆっくり見えた。

「アンタ、誰……?」

 ぱっちりとした大きな目を私に向けて、薄く形の整った唇と動かした少年の顔はあまりにも整っていてそこらのアイドルでは太刀打ちできそうにもないほどだった。しかし、何故かその少年の顔を見ているとペットのような愛玩動物を見ている時のような感情が芽生える。庇護欲というやつだろうか。ともかく私は、自分の素性も明かさず彼の素性も知らないままに、とんでもない一言を放っていたのだった。

「少年、とりあえずうちにおいで」
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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