待ち合わせ場所は家からさほど遠くはないところで、暖簾を潜るともうすでに一杯ひっかけている二人の姿があった。銀時に至ってはさっきまでもあってか、すでに顔が赤い。

「おっせーよ」
「うん。あ、私も生一つ」

 素早く生ビールを持ってきてくれた店員さんからそれを受け取り、土方君が「お疲れ」と私にジョッキを差し出した。

「うん。お疲れ」
「悪ィな。こんな時間に」
「ううん。私も変なこと言ってごめん」

 気まずい空気が流れ、その空気を読んだのか、それとも全くそんなことは考えていないのか。おそらく後者であろうが、銀時が口を開いた。

「なんだよ辛気臭ェな。こんな時どんな顔をしていいのかわからないのってやつか?」
「銀時」
「あん」
「土方君に言うつもり、なかったんだよ私」
「申し訳ありませんでした」

 まあもういいけどさ。と言って一口ビールを啜る。不味い。ぬるいわけじゃないのに、いつもだったら美味しくてたまらないのに。理由はなんとなくわかっていた。

「とりあえず、本題といこうや」
「お前が仕切るなや」
「なんで銀時が仕切ってんの」

 同じタイミングで土方君と声がかぶってしまい、思わずお互いに笑ってしまう。ここに来てから初めて笑った。

「えっとね、総悟っていうのは私のここ最近の同居人なの」
「ペットだろ。ペット」
「ちょっと変なこというのやめて」
「ペット?」
「えっと、ちょっと前に家の前に総悟が傷だらけで倒れてて、それを介抱してから住み着いたっていうか、なんていうのかな。私もあの時は酔っ払ってて、決して男女の仲みたいな、変なことはしてないんだけど、家事とかやってくれて家政婦さんみたいで居心地が良かったっていうか……」
「要領を得ねぇなァ。つまり、こいつはお前と別れて頭がおかしくなって年端もいかない少年を飼っちまったてわけだよ」
「銀時!」

 明らかに言いすぎている銀時の脇腹をグーで殴ると、それでも尚銀時は「だって本当のことだろ」と涙目で訴えた。私たちのやり取りを暫く傍観していた土方君はひとしきり考えた素振りをしてからゆっくりと口を開いた。

「つまり、名前とその総悟ってのは付き合ってはいないってことか?」
「うん。そうだよ」
「……俺さっき、その総悟ってやつに会ったんだ」

 思いもよらなかった土方君の言葉に、一瞬声が詰まる。土方君があったということは、うちに来たということだろうか。

「悪ィ。同居人がいるなんて知らなくてよ。お前が忘れてった会議資料を家に届けたんだ」
「あれ土方君だったんだ。ありがとう」
「あらあら。本当にただ届けるだけのつもりだったんですかァ?」
「うるせえ。で、そしたらそいつが出てきて」
「うん」

 その時の出来事を教えてくれた土方君。そしてそれを聞いても、やっぱり私には土方君のせいとは思ええなかった。あえて言うならば私のことを頼むという言葉に責任を感じて早々に逃げたかということだ。

「全然、土方君の所為じゃないよ。多分、全部私のせい」

 心配そうに私の顔を見る土方君。一気にビールをジョッキの半分ほど胃に流し込んでから大きく息を吐いた。やっぱり美味しくない。

「私は総悟のこと何も知らないの。絶対何か事情があるにきまってるのに、居心地の良さを壊すのも怖くて……完全に自分勝手だよね。私総悟に甘えてたの」

 何か言葉を選んでいるのだろうか、黙ったままの土方君にまた一口ビールを口にしてから私は話を続けた。

「さっき銀時が言ってたこともあながち間違いじゃなくて、土方君と別れたそのさみしさを総悟で都合よく私は癒してたんだね。これは土方君が悪いわけじゃなくて、私が勝手にそう思ってただけだからね。総悟はそんな私が嫌になったんだと思う。飽きちゃったんだ。きっと、それだけ」

 涙が出そうになって、それを堪えるために口を動かしているようでもあった。でも自分で言っていて、全てが胸に刺さる。何もかもなあなあにしてきたツケが回ってきただけだ。私は被害者面できるような人間ではない。

「いいのかよ」

 いつの間にビールから焼酎に変えていたのだろうか。焼酎のグラスを片手にさっきよりも顔を赤くした銀時が、私を真っ直ぐに見つめてそう言った。

「お前はいつも私が悪い私が悪いって、相手とちゃんと向き合うことから逃げてるだけじゃねーか。だからそこのマヨネーズ野郎とも別れちまったんだろ」
「マヨネーズ野郎って……」
「もっと甘えたーい、もっと一緒にいたーい、って言いたかったんだろ?」

 銀時の目は充血していたけれど真剣なもので、私は土方君の前でそんなことを言われたことによる恥ずかしさでどうにかなりそうだった。

「そのマヨネーズ星人とはもう終わっちまったけどよ、まだペット君とは終わりきってないんだろ?」
「誰がマヨネーズ星人だ」
「でも、もう会えないし……」
「土方ァ、お前が名前んちに行ったの何時だ?」
「終電で帰るつもりだったから、その十五分前くらいだな」
「じゃ、タクシー使ってなきゃそんな遠くには行ってねぇんじゃねーの」

 確かに銀時の言うことには一理ある。けれど、今私が探しに行ったところで総悟の行きそうな場所なんて想像がつかない。

「なあ、名前」

 グダグダと頭の中で言い訳を探していると、土方君が真剣な面持ちでこちらを見ていた。

「さっき坂田が言ってたように、多分俺はなにか期待して、忘れモン届けたんだ。それこそやり直せるかも、とかな。自分から言っておいて馬鹿だが、まだ未練があんだな」

 私だって土方君に未練があった。けれど不思議と、胸が高鳴るようなことはなかった。

「きっと、お互いに言いたいことを言えてなかったからだ。それをお互いにわかってるから、あんなに息苦しくなっちまったんだな。悪ィ」

 私と同じことを土方君も感じていたのだ。ああ、もっと早く土方君とも腹を割って話していればよかった。もっと弱いところを見せていればよかった。

「一人で生きていけそうな名前も好きになったが、さっきの坂田が言ったようなこと言う名前も見たかったモンだ」
「土方君……」

 冗談めかして笑う土方君に、笑い返したつもりが目尻からは一筋涙が溢れた。

「でも俺に見せない顔を、そいつには見せられるんだろ。だったら、さっきのことは俺たちじゃなくて本人に言うべきだ」

 気が付けば衝動的に店を飛び出していた。外は小雨が降っていたけれど、それも厭わず私はただただ走った。
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