「どこ、いったの……」
坂田と長谷川さんと飲んでから家に帰ると、そこにはここ最近毎日出迎えてくれた総悟の姿はなく、代わりにわたしが会社に忘れてきたはずの会議資料がダイニングテーブルに置いてあった。
飲みかけのコーヒーと封のあいたポテトチップスの袋。そして私が録画しておいた映画が一時停止のままになっているテレビ画面。置き手紙があったわけでもないのに、嫌な予感しかしなかった。根拠はないまま家を飛び出し、ひんやりとした足の裏の感覚にふと我にかえる。足元を見ると靴を履かずにストッキングのままで家の前に立っていた。靴を履くことを考える余裕すらなかったということだろうか。そして、私はそのままどこを探しに行くつもりだったのか。
時計を見れば終電も終わってしまったというような時間。駅、ファストフード店、コンビニ、ゲームセンター……いくつか総悟のいる可能性のある場所を思い浮かべてみたがどれもピンとこない。思えば総悟とどこかへ出かけたことなどないのだ。私と総悟の思い出はあの家の中だけ。期間も一月とない。
鬱を履くために一度玄関へと戻ると、ポケットの携帯が震えた。一瞬で総悟の顔が過り、急いで画面を見てみれば、そこには「坂田銀時」の文字。考えてみれば私は総悟の電話番号もメールアドレスも知らないんだった。力なく通話ボタンを押して携帯を耳にあてる。
「なに?」
「声低っ!」
「用がないなら切るけど……」
「待て待て待て! さっきそこで土方に会ってよ、成り行きで飲みに行くことになったからお前も来いよ」
「え……」
「どうせ明日休みだし暇だろ?」
「そうだけど……」
「オイオイ、土方君とは飲みたくないってわけか?」
わざとらしく大きな声で言った銀時。きっとすぐそばに土方君がいるからわざと聞こえるようにそう言っているのだろう。
「そうじゃないけど……」
「じゃあ来いって。土方と飲めねぇ理由でもあんの?」
玄関のドアに背を預けてそのまま重力にひかれてずるずると腰を下ろす。坂田には全て話しているし、言ってしまっても良いかと思った。
「あのさ、総悟っていたでしょ。さっき帰ってきたらいなくなってて、それで私探しに行こうと思ったんだけど、でも私考えてみたら総悟のことなんにも知らないから……」
「ちょっと待ってくれ」
電話口から聞こえたのは坂田ではなく土方君の声だった。
「悪い。坂田が勝手に俺に携帯寄越して……」
「いや、土方君が謝ることじゃ……」
「その、総悟ってのは栗色の髪の二十歳くらいの男のことか?」
「え、土方君なんで……」
電話越しに土方君が深いため息を吐いたのが聞こえた。
「悪い。それ、俺の所為かもしれねえ」
「え……」
それってどういう意味? と言いかけたところで坂田の声がそれを遮った。
「とりあえず出て来いって。よくわかんねぇけど会ってちゃんと話そうぜ」
アンタは絶対にお酒飲みたいだけでしょう。その言葉は出かかったけれど、土方君の言っていた意味を知りたいという気落ちが大きかった。
「わかった。場所は?」
電話を切り、高いとも言えない天井を見上げた。総悟が来る前は仕事で遅くなって疲れすぎて玄関入って力尽きて寝ちゃったことが何度かあったな。一人暮らしというものは自由ではあるけれどやらなきゃならないことがたくさんある。大したことない家事だとしても毎日毎日と言うのはつかれるものだ。加えて私はちゃんとやらなきゃなんて気持ちだけは一人前だから、勝手に一人で追い込まれていたのかもしれない。
私は総悟のいる毎日に私は甘えていたのかもしれない。総悟がいないなんて別に大したことじゃない。それまでの毎日にまた戻るだけ。頭では分かっているのに、玄関から見た総悟のいない家の景色にこうも胸が痛むのかどうしてだろう。
滲んだ涙を無理矢理袖で拭ってから、私は財布と鍵だけ持って待ち合わせの場所へ向かった。