総悟との毎日はあまりにも居心地が良く、それと同時にお互い何かから逃げているような焦燥感も孕んでいた。その正体はわからないけれど、わからないままの方がいいのだろうという思いも強くある。詮索してしまえば、この居心地の良さが壊れてしまう気がした。

「今日で何日目だ」
「え? 私坂田にそんなことまで管理さるの?」
「ちっげーよ! 何と勘違いしてんのかは敢えて聞かねぇけど、俺が言いたいのは少年を飼い始めてから何日たったんだってこと!」

 少しふざけただけだというのに、今日の坂田は真剣なようだ。少しばかり声を荒げた彼は軽く周囲に目を配ってから安心したようにもう一度私に向き直った。少年を飼う、だなんてワードを人前で口走ったことに反省でもしているのだろう。

「えっと十日? くらいかな?」
「くらいかな? じゃねぇだろ。どうすんだよ警察には届けなくていいのか?」
「んー、総悟が出ていきたくなったら出て行けばいいんじゃない?」

 大きく深い溜め息をついた坂田は、私にいつぞやと同じように憐れみをたたえた視線を送った。
 坂田の言わんとしていることはわかる。未成年だとして家出の場合捜索願いが出されているかもしれないし、もしそうであればウチにいることが見つかれば面倒なことになる。そのようなことを全て考えた上での忠告だ。
 ただ、家に総悟がいる生活は私にとって都合が良く、多分総悟にとっても良いのだろうと思う。

「第一、お前その総悟って奴のことちゃんと知ってんのか?」
「ちゃんとって、どういう?」
「名字は」
「あ、知らない」
「じゃあ歳は」
「十代、なのかなあ?」

 なんっも知らねぇのかよ! と頭を抱えた坂田に、始めて自分が総悟について何も知らないことに気がついた。私は彼の名前しか知らない。出身地も、学校も、歳も、名字でさえも。それなのにあんなにも信用できてしまうのは何故だろう。普段の私ならば、そんな得体の知れない人間を家にあげるなんてこと絶対にしないのに。
 坂田を適当に往なして自宅の鍵を開けるまで、私が総悟のことを何も知らないのはただ単に私が聞かないからか、それとも総悟が話したくないからなのかということを考えていた。

「あ、なんか美味しそうな匂い」
「さっさと着替えてきてくだせェ」
「はいはい」

 帰ってきて、手を洗って、スーツを脱いで部屋着に着替える。テーブルには美味しそうな夕飯。

「いただきます」
「いただきます」
「あ、お醤油とって」
「ん」

 何か言えば返ってくることの喜び。

「美味しいー!」
「当たり前だろィ」

 感覚を共有できることへの安心。

「あ、昼にエイリアンバーサスヤクザの再放送やってたんで録っときやした」
「うわ、結構話題だったやつだ」
「見たことあります?」
「ない。楽しみ」

 夕飯を平らげて、化粧を落としてソファに寄りかかる。総悟がチャンネルを合わせてくれている間に、二つのグラスにウィスキーを注いだ。

「あ、新しいやつ」
「この間デパ地下でウィスキーフェアやってて奮発しちゃった」
「おーいいですねィ。乾杯」
「うん、乾杯」
「再生っと」

 二時間の映画を見ている間、減っては注がれていく琥珀色の液体。そしてどちらともなく氷を取りにキッチンへ行く。気を配る努力もしていないのに、どこか痒い所に手が届くような気遣いが心地良い。

「ひでぇ」
「うん。これは見に行かなくて良かった」

 良し悪しの感覚が同じところも嬉しい。こういう場合に面白くもないのに相手に合わせて面白いなんて言わなくていいのが楽だ。きっと私と総悟の意見が違っていても、お互いに思ったことを思ったままに話していただろう。

「ねえ、」
「んー」

 お風呂に入って二人で何時ものようにベッドに横になる。ウィスキーの心地よさがまだ残っていてふわふわとした気持ちになる。

「総悟の名字って、なんていうの」
「なんでィ、今更」
「やっぱり秘密なの?」
「はは、俺今までで秘密にしてたつもりありやせんぜ」
「え、そうなの?」
「沖田。沖田総悟でィ」
「え、じゃあじゃあ歳は?」
「はたち」
「へー! 十代とばっかり思ってた。じゃあ、その髪は染めてるの?」
「地毛」
「目も?」
「目も」
「じゃあ……」
「名前さん」

 断られると思っていた。この関係を続けていくためには、相手を知るということはタブーであると。でもスラスラと教えてくれることに、私は嬉しく思ったのだろう。次々に口をつく質問。しかし、ふと、総悟の指が私の唇を抑えた。大きなくりくりとした瞳が私をじっと見つめる。

「おやすみなさい」

 触れるだけのキス。いつもと同じ。そう思っていたけれど、何時ものようにすぐに離れずに、総悟と私の唇は暫くの間触れ合ったままだった。
 急に総悟がおやすみと切り出したことについて嫌でも考えてしまう。眠くなったからだと自分に言い聞かせてはみるけれど、本当はこの先を総悟が触れられたくなかったから早急に私の質問を終わらせたのではないかという疑惑が私の中で燻っている。
 あなたはどうしてここにいるの?
 本当にしたかった質問は、そっと胸の奥深くにしまいこむ。ゆっくりと唇が離れていく間も、目を開けることはできなかった。
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