「あ、そうか…」
「うわ、高杉とうとう独り言言うようになっちゃったかーぼっち極めるといいことねェや」
「沖田てめーまじでぶっ殺す」
火曜日三限。珍しく二限から学校に顔を出した俺は、早くも喫煙衝動にかられていた。そんな中、ふと黒板の前で文法説明する教師、つまり沖田の姉貴の顔を見て何かひっかかるものを感じる。なんだ、このどっかで見たことあるんだよなーって感覚は。そういえば、この前にもこんなこと…
それで冒頭へと繋がるわけだ。うざすぎる沖田の椅子をとりあえず蹴っておいて、冷静に考える。あの店は確か新しくできたクラブで、前の女が面接すらさせてもらえなかったと言っていた。まあ俺が経営者でもあんな女雇いたくはないな。つまり、まあまあいい店ではあるが、結局は夜の商売ということだ。そんなところに沖田の姉貴がいた。しかも従業員としてだ。これは結構まずいことなのではないだろうか。教員って確かそういう仕事NGだったはずだし、そもそも公務員って副業いいんだったか。
考えているうちに三限は終わっていた。あーこのまま六限までここいるの相当だるいわ。
「あ、高杉がサボってらァ」
「まだサボってねーだろ」
「まだってサボる気満々じゃない高杉くん」
タバコと携帯と財布だけポケットに突っ込んで教室を出ようとすると、沖田と山崎がどこからともなくあらわれた。
沖田は楽しそうにニヤニヤ笑っていて、山崎は苦笑いをしている。面倒臭くてとりあえずじゃーなと教室をあとにすると、ちゃんと避妊しろよーと沖田の大きな声。脈絡も何もない。が、廊下にいる連中の目を俺に集中させるには充分すぎた。心当たりもなければ、そんなつもりもなかった為、沖田へ対するイラつきだけが募る。あいつは俺をおちょくることを楽しく思ってんだ。チラチラ俺に好奇の視線を向けるやつらにガンを飛ばしてから、ゆっくりとした足取りで体育館裏へ向かう。
「あーだりー」
煙草に火をつけて一気に吸い込む。口からでた紫煙で、目の前が白く煙る。やっぱ授業中煙草吸えないのはきつい。煙草はハタチからの理由が、未成年の喫煙は体によくないからだとか言うけれど、俺は確実に授業をまともに受けられなくなるからだと思う。
「あ、またここにいる」
「…お前か」
お前とは何よーこれでも教師なんですからねーと本気ともとれないような口調で沖田の姉貴は言った。そこでさっき考えていたことを思い出す。まだ確証はないけれど、ひとつカマでもかけてみるか。
「お前、キャバ嬢やってたんだな」
「…え?」
沈黙と、気の抜けた声。このあきらかな動揺に、俺の疑問が確信へと変わる。
「この間ホテルの前の店でみた。お前が客おくってるとこ」
「…まじかー」
案外簡単に白状した沖田の姉貴は、ぐいと顔を俺の近くに寄せた。
「このことはどうか黙っておいていてください!」
勿論総ちゃんにも!と念を押し頭を下げながらそう言った沖田の姉貴を目の前にして、俺は一つ名案が浮かんだ。
「十個言うこと聞け」
「…え?」
「だから俺の言うことこれから十聞け」
えー!と明らかに不服そうな顔をしてから、うーんと唸り声をあげ、考え始めた。別に聞いて欲しいことも特にないのだが、このままおいそれと承諾してしまうのはつまらない。
「言うこと聞いたら、誰にも言わない?」
「ああ」
「童貞を卒業させてくださいとかは無理だよ?」
「童貞じゃねーし俺をなんだと思ってんだ」
「じゃあ、いっかな」
実現可能なものでよろしくお願いします。と小さく笑った沖田の姉貴は、あー高杉くんてば悪魔だなーなんて呟いた。
「とりあえずお前の番号教えろ」
「これも一つになる?」
「なるわけねーだろ」
「だよねー」
赤外線で送りますよーの言葉のあとに、電子音が鳴った。俺の携帯には受信しましたの文字。この時の俺の感想は、まだ面白いおもちゃがみつかった程度のものだった。
「にしてもお前なんでそんなとこで働いてんだ?」
やっぱ教師って給料すくねーの?と率直な疑問をぶつけると、沖田の姉貴は友達の店で手伝ってって頼まれちゃったの!と苦笑した。なんかとことんついてねーやつだな。
「沖田の姉貴じゃめんどくせーな、下の名前は?」
「名前、最初の授業で言ったんだけど」
これからはちゃんと聞いてよねーとまた気のない声で言った。なんとなくこういうところは銀時に似てる。
「高杉くん進路の希望は?」
「未定」
「そっか」
とにもかくにも、俺は程のいいおもちゃを手に入れた。