立ち上がろうとして、急に視界がグラリと揺れた。足に力が入らなくて、立ち上がれなくなる。銀時とトシに心配かけまいと笑いかけると、先生がそっと肩に手を置いた。

「沖田さんに用事があるんでした」

 二人を帰す先生の横顔に見とれてしまう。綺麗な長い髪は落ちかけの夕陽に照らされてキラキラと光っていて、先生の綺麗な肌も薄赤く染めていた。

「頑張りすぎですよ、沖田さん」

 二人を返した後、先生は私の隣に座って少し険しい顔で私を見た。

「すみません……」
「ここ二日暑かったですからね。疲労に加え軽い熱中症に近いものじゃないかと思います。幸い明日は振替でお休みですし、ゆっくり休んでくださいね」
「はい」
「じゃあ、」
「え」

 私の目の前でしゃがんで背中を差し出す先生。これは、もしかしなくとも……。

「ほら、早く乗ってください」
「いっいやいやいやいや! 私重いですし歩きます!」
「お姫様抱っこの方がいいですか?」
「おっおひめさま」

 顔から火が出るんじゃないかと思う位に熱が集まって、「早くしないとお姫様抱っこで校内一周しますよ」という先生の脅しにもにた言葉に急かされ、おずおずと先生の首に手を回す。

「よっと」
「お、重くないですか……?」
「いいえ。体重当ててあげましょうか?」
「やっやめてください!」

 先生の背中に乗って、職員用の駐輪場まで揺られる。先生の背中は想像以上に広く、また優しい良い匂いがした。
 駐輪場につくと、先生の自転車の荷台に座らされる。

「歩いて帰るのもいいですけど、沖田さん周りの目が気になっちゃうでしょう」
「さ、流石に家までは……」
「じゃあ、しっかり掴まっていてくださいね」

 ガタン、と自転車のストッパーが外され、ゆっくりゆっくり自転車が動き始める。先生の服の裾を掴んでいると、先生の腕が私の手に伸びてきて、グイとお腹の方まで回された。負ぶって貰っていた時のように密着し、先生の心臓の音まで聞こえてしまいそう。
 二人乗りをしながら、最近の総ちゃんの話、銀時とトシとの話、夏休み最後にやった庭キャンプの話など色々な話をした。先生とはたまにご飯を食べに来る時に話しているはずなのに、話が尽きることはない。先生との接着部分からは先生の体温が伝わってきて、初秋の風がふわりと金木犀の香りを連れてきた。こんなにもくっついていたら、私の心臓の音すらも先生に聞こえてしまうのではないかと思い、今更ながら恥ずかしくなる。
 キキッとブレーキの擦れる音がして、先生の「つきましたよ」の声。我が家を見て、この時間が終わってしまうことへの寂しさを感じた。

「ありがとうございます」
「いえいえ、では失礼」
「せっ先生! なにを……!」

 自転車から降りようとした瞬間、先生の手が膝裏と背中に通され所謂お姫様抱っこをされた。あまりの恥ずかしさに手足を動かすと、途端に目眩がして静まりざるを得なくなる。先生に抱きかかえられたまま、玄関の扉が開き室内に入った。パタパタと二つの足音が聞こえる。

「ああ、総悟君こんにちは」
「名前、なんかあったんですかィ」
「ちょっと疲れてしまったみたいです。総悟君、少し手伝ってもらえますか」

 言うや否や総ちゃんに案内され先生は二階の私の自室に入り、ベッドの上に私を寝かせた。

「お姉さん大丈夫なんですか?」
「君は?」
「総悟君の友達の、山崎退です。今日はお姉さんの文化祭に遊びに行きました」
「友達っていうか、パシリでさァ」
「ちょっと!」
「ふふ、多分お姉さんは働きすぎてしまったようで。しっかり寝ていれば大丈夫だと思いますよ」
「良かった」
「なにか、俺にできることありやせんか」

 ベッドに身体を預けた途端、疲れが一気に出てきたのかぐったりと重力の赴くままになっている私の側で、なにやら二人は色々と話していた。本当は総ちゃんの友達にもちゃんと挨拶をしたいのに、重くなる瞼を開けることもできず気がつけば私は睡魔に負けていた。

「名前」
「ん、総ちゃん……?」

 目を覚ますと、ベッド脇に総ちゃんが身を乗り出すようにして私のことを見ていた。手には濡れたタオルが握られており、多分それで私のことを拭いたりしていてくれたんだろう。

「お粥、食えますかィ」
「え、総ちゃんつくってくれたの?」
「いや、先生が作ってってくれた」

 縦に頷けば、笑顔で部屋を後にした総ちゃん。私が寝てから、先生がいろいろしてくれたのだろう。先生にお礼を言わなくては。総ちゃんをあとから追うように下に降りると、総ちゃんはお鍋の中を温めなおしていた。

「はい」
「ありがとう」

 よそわれたお粥には真ん中に梅干しが乗っけられていて、それは総ちゃんの機転によるものらしい。

「もう大丈夫なんですかィ?」
「ん、もう一眠りしたら全快だと思う。心配かけてごめんね」

 私の言葉に、総ちゃんはブンブンと首を横に振った。

「そんなこと言わねェでくだせェ。俺も名前の役に立ちたいんですぜ」
「総ちゃん……」

 お粥を食べ終えると、早速と言わんばかりに器を私から奪って洗い物を始めた総ちゃん。それから水と幾つかのサプリメントを出され、それを素直に飲んで総ちゃんに連れられ自室に戻る。至れり尽くせりというか、なんというか。日に日に総ちゃんの成長を見せつけられている気がする。

「ありがとね、総ちゃん」
「いや、大したことしてねェから」

 何かを言いたげに、少しもじもじとした態度でベッド脇にいる総ちゃん。

「どうしたの?」
「いや、あの……今夜」
「うん」
「……ここで、一緒に寝てもいいですかィ」

 上目遣いで、私の様子を伺うように発せられた言葉に、思わず笑みがこぼれる。ああ、まだこんなに可愛いところも残ってる。

「いいよ、もちろん」
「じゃ、じゃあ枕持ってきまさァ!」

 ぱぁっと花が咲いたように笑顔になった総ちゃんは、隣から枕を持ってきておずおずと私のベッドに入ってきた。私も少し端に除け、二人向き合って眠る。鼻と鼻が触れ合いそうな距離に、なんだが可笑しくなる。

「ふふ、あったかいね」
「名前は子供体温でさァ」
「それは総ちゃんでしょー」

 寝たまま抱きしめると、総ちゃんは照れ臭そうに笑った。腕の中の総ちゃんの体温を感じながら、だんだんと意識が微睡み落ちていった。
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -